2016年11月23日水曜日

行動の選択と葛藤について、ギータークラスの質問への答え



自分が今ここで何をすべきかは、

自分に与えられた状況を客観的に見ることが出来たら、

おのずとはっきりするはずですが、

ラーガ・ドヴェーシャ(道徳に反した行動をさせる要因となる心理的依存)があれば、

客観性は鈍ります。



あと、現代の日本では、社会での自分の役割というのが、あいまいですね。

自分が何をするべきかを決めるだけでも、人生の多くの時間がとられてしまう。



与えられた状況でおのずと決まっているのだから、

ヴェーダでは、 何をするかとか、どの職業に就くかはあまり問題ではなく、

目の前の状況の中で、世に貢献出来るベストな行動なら、

何でもいいから、それを淡々とこなして世に貢献しながら、

それをどれだけフェアにするか、

より多くの生き物の幸せに貢献できる行動にするか、

 自分の成長に繋げて行けるか、

にフォーカスすることを教えます。

つまり、この時この場所で、知りうる限りで、

自分の行動の選択を、人間としての高潔さを表現できるものにするか、ということです。

それは、「この世界からどれだけ多くをGETできるか」という満たされない考えから、

「この世界にどれだけ多くを与えられるか」という満たされた考えに基づいて、

行動を選択することです。


これは、ギーターの中の有名なシュローカ

योगः कर्मसु कौशलम् । yogaḥ karmasu kauśalam |

ヨーガとは、行動における、分別・思慮深さである。

によって教えられています。


この部分も、日本語では様々な「独自の」解釈が見受けられますが。。。

 

今の日本のような行き過ぎた資本主義社会の中の価値観では、

不必要であろうが、不道徳であろうが、やみくもに生産・消費することが、

あたかも「お前のするべきことだ」と推奨されているので、

もちろん遅かれ早かれ自分にも周りにも無理が出て来て、

「それは違う」となってしまう。



だから、最近「ワクワク」とか「本能」に従うのが

スピリチュアルなのだという風潮になるのだと思います。



ヴェーダの伝統は、

『より多く消費すること』ではなく、

人間社会に、デーヴァ達に、動物や植物にも、

『より多く貢献すること』が、人間として成長するための、

あるべき生き方なんだよ」
と人間にはっきり教えてくれています。



祈りを込めて。

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