2018年6月6日水曜日

書簡より

コミュニケーションがうまくいかないとき、
特に、阿吽の呼吸に甘えがちな親しい人との間では、
言葉の定義がお互いの中で食い違っていないか確認してみるのは、
問題解決に役立ちますよ。

2018年6月4日月曜日

質問:サンスクリット語にはSVOみたいな基本文型はあるの?

回答:
無くても大丈夫です。

 サンスクリット語は、原文の語順に頼らなくても、
1)名詞の格を頼りに、
2)全体の意味を知っている先生を頼りに、

文章の中の単語をつなげて理解すること(アンヴァヤ)ができます。

日本語でも、単語の順序がある程度バラバラでも、
一つの文章としてまとまって理解することができますね。
それと同じことです。
例えば:
私は 昨日 カレーを 食べた。
昨日 私は カレーを 食べた。
昨日 カレーを 私は 食べた。
カレーを 昨日 私は 食べた。
カレーを 私は 昨日 食べた。
全部同じ状況を表していますね。感じ方に差は生じますが。
「食べた」も、どこにあっても、意味は通じますが、
一番後ろにないと、不自然な文章になりますね。

サンスクリット語の場合は、動詞の「食べた」がどこに来ても大丈夫ですが、
それでもやっぱり、分かり易い語順というものがある。
読みやすい語順に並べ替えることを、アンヴァヤと言います。

その語順は、日本語の自然な語順と、ほぼ同じです。
良かったですね。
これは、日本語を母語とする人が、サンスクリット語を勉強する上での、
唯一のアドヴァンテージだと思います。

ヒンディーやタミルなどのインド語の多くも、語順の並び方は同じだそうです。

西欧言語を母語とする人には、語順というものが文章読解の命綱です。
しかし、アンヴァヤに使われる語順は、自分たちの慣れている語順とは違うから、
アンヴァヤに使われる語順をいちから学びなおさないといけなくなるのです。

ゆえに、西欧言語を母語とする人たちにアンヴァヤを教えるのは大変ですが、
日本人やインド人にアンヴァヤを教える時には、ほぼ何も説明しなくて済むので、
学習者にも教える側にも、都合が良いです。

サンスクリット語の散文は、ほとんどアンヴァヤが要りませんが、
韻文の場合はアンヴァヤが無ければ理解不可能、というものは少なくありません。

特に、
同格同数の名詞が多くある場合、それらの名詞間の関係を読み解かなければならない。
例えば、形容詞と形容されている名詞の関係や、因果関係(AゆえにB,ゆえにC)など。
また、動名詞にはそれぞれの名詞がつながるので、アンヴァヤが必要。
例えば、「母が 作った カレーを、お父さんが 作った スプーンで テレビを 見ながら 食べた。」 のような場合、どの名詞がどの行動に繋げるかが、アンヴァヤによって変わってきますね。
「お父さんが スプーンで 作った テレビを 食べた」のようにならないためにも、正しいアンヴァヤが必要です。


2018年6月1日金曜日

「ヨーガのゴール」じゃなくて「ダルマのゴール」がヴェーダーンタなのですよ。

このタイトルを見て、
ヴェーダーンタを正しく勉強し理解している人なら、
すっきり、しっくり来るはずです。


「ダルマのゴールはヴェーダーンタ」の方が、
よりヴェーダの教えの言葉に忠実で、正直で、誤解を招かない、的確な表現です。

ヴェーダの最後の部分で教えられているモークシャの為に、
ヴェーダの前の部分でダルマが教えられているのですから。

 「ヨーガのゴールはヴェーダーンタです」じゃないの?!
と感じる人は、 「 ヨーガ」という言葉に囚われすぎて、ヨーガの呪縛から、
ヴェーダーンタとは何かがクリアーに見えていないのかもしれません。
 

ヨーガからヴェーダーンタに来た人には、
自分が信念を持っている「ヨーガ」を完全にしたくて、
ヴェーダーンタをヨーガの座学として勉強している人が多いのでは?と感じています。


ヨーガを勉強している人は、ヨーガへの思い入れがとても強い人が多いですが、
その一方で、
結局ヨーガにどれだけの意味があるのか、ヨーガが何に繋がっているのか、
自分が教えている立場の人でさえ、分からなくて迷っている、
という状況も一般的です。

そこに、救世主のように、「ヨーガのゴールはヴェーダーンタ」 と言われたら、
縋りつきたくなり、「自分のヨーガは正しいのだ!」と認証してもらいたいから、
ヴェーダーンタを勉強する、という形になってしまっているのだと思います。

結局どこまで行っても、ヨーガが大好きで、ヨーガが中心で、
ヴェーダーンタはヨーガを輝かせるアクセサリーのようなもの、
ヨーガを完成させてくれる黄金バッジのようなもの、と思っていないか?
と自己確認する必要があるかもしれませんね。

きっかけは何であれ、ヴェーダーンタに出会えたことは、
この上なくラッキーなことですから、
ヨーガ等のきっかけに囚われすぎて本質が見えなくなっている、
ということにならないように、何のためにヴェーダーンタを勉強しているのかを、
見直す材料としてもらえるよう、これを書いています。

 ヨーガという言葉

 百人の人に「ヨーガって何?」とたずねると、百通りの答えが返って来るでしょう。
マットの上での体操だけでなく、マットの上での「気付き」や「幸福感」などや、
マットの外でもどーたらとか、自分やヨガティーチャー自慢の「オレ哲学」「わたし哲学」が、 ヨーガという言葉を核として雪だるま式にこびりついています。
(そもそもマット内・マット外って、マットが基準になってるのがアホくさい。 )

そして、ヨーガをしている人は、ヨーガへの思い入れが執着のように強いので、
今までの理解を完全に手放して、新しい定義を受け入れることが困難です。
特に、ヨーガスートラなどの、ヴェーダーンタと同じボキャブラリーを使う文献を勉強している人には、ヨーガとヴェーダーンタの分別は、困難を極めます。

ギーターで教えられているカルマ・ヨーガと、八支則のヨーガと、
マットの上のヨーガを全てこじつけて理解している人も多いと聞きます。
 
だから、今の日本では、ヨーガという言葉を使ってヴェーダーンタを教えるのは、
避けた方がいい、というのが、 日本に帰って来て、現状を知ってからの感想です。
 「ヨーガのゴールはヴェーダーンタです」というキャッチフレーズは、
もうお手上げレベルの混乱を巻き起こしているように私には見受けられます。

言葉はコミュニケーションの為にあります。
コミュニケーション・ギャップを生むような言葉は、
出来るだけ避けなければならない、というのは基本中の基本です。
正確さが要求されるコミュニケーションなら、なおさらです。

正確なコミュニケーションが必要なヴェーダーンタの授業では、
わざわざ誤解を生むような言葉を使うようなことは避けるべきです。

実際、日本に来てから、パブリックで話すときには、
ヨーガという言葉の使用は極力避けています。

そして、 
ヨーガという言葉を一切使わなくても、モークシャとは何か、
だけでなく、モークシャをゴールに見据えた生き方は、
完全にコミュニケートできます。


バガヴァッド・ギーターの始まりに、
シャンカラーチャーリヤが、ヴェーダの全体像、
すなわちギーターの全体像を説明するコメンタリーを書いています。
もちろんそれは、モークシャと、モークシャをゴールに見据えたふたつの生き方についてです。
そのコメンタリーの中でシャンカラーチャーリヤは、
ヨーガという言葉を一切使っていません。

何度も言いますが、ヨーガという言葉を使わなくても、
モークシャに関わる知識の全ては、コミュニケートできます。

そもそも、ヨーガという言葉の意味の定義には、ありとあらゆるものがあります。
また、ヨーが哲学の教えるモークシャやイーシュワラは、
ヴェーダーンタのそれと全く違います。 この点が認識されていないから、ヨーガとヴェーダーンタが安易に混同されるのだと思います。


私のヴェーダーンタのクラスのタイトルには、
ヨーガをいう言葉を使うのも避けていますし、
ヴェーダーンタのキャンプ等にヨーガのクラスを入れるのも、
混乱を招く元なので避けています。
(自己の心身の管理にどの手法を使うかは自由ですから、ヨーガなり何なり、個人に合ったものを個人的に授業時間外にするのは、自由にしてもらっています。)


ヨーガという言葉の再定義を、一般向けに図ってみても、
結果的に失敗しているとしか言えないのが現状です。
「ヨーガとはただマットの上でするだけのものではないことが分かりました」
ぐらいでは、再定義がきちんと図れたことにはなりません。
それが証拠に、ヴェーダーンタをヨーガの座学だと信じている人は多いと思います。
正直、ヴェーダーンタのクラスを、座学です、と紹介されたら、
座学って?ヴェーダーンタのクラスって日本では体操とセットにされてる?体操のクラスだと勘違いする人が来るようなものなの???と思いますね。
 
ヴェーダーンタに出会う前にも、ヨーガの名のもとに哲学的なことを、ヨガティーチャー達やSNSなどであれこれ十分聞かされている人が殆どでしょうし、そのような状況は、ヴェーダーンタを聴いた後にもずっと続くのですから、ヨーガという言葉を、ヴェーダーンタとごっちゃにされないようにするのが、教える立場の責任だと思っています。

ヨーガとヴェーダーンタがごっちゃになっている日本の現状については、
1時間くらいゆうに話せます。
ヨーガという言葉に付着しているあれこれに捕まっていては、
ヴェーダーンタの理解が進まなくなってしまうので、
きちんとまとめてお話ししたいと思っています。


ヨーガをしていてヴェーダーンタに出会えた人は日本では多いかも知れませんが、
それは、その人のダルマ(プンニャ)が、たまたまその人にはヨーガを通して、という形で実っただけのことで、ヴェーダーンタに連れて来てくれたのは、今世と前世までのプンニャなのです。十分なプンニャさえあれば、ヨーガを介さなくても、何らかの形でヴェーダーンタに辿り着きますし、インドでは私も含めそっちの方が一般的です。


真面目に生きる意味はあるの?
そもそも真面目に生きるって何?
人や動物に思いやりを持って、結局自分に何かいいことあるの?
人間VS人間、人間VS自然、という世界観。
「ダルマのゴールがモークシャ」というヴィジョンが無ければ、
人生は五里霧中です。


ヨーガとヴェーダーンタの混乱について、解くカギになりますので、
質問やご意見・ご感想はいつでもWelcomeです。
下のフォームをご利用ください。

2018年5月31日木曜日

ラマナのサッダルシャナ(सद्दर्शनम् [saddarśanam])17節


今ここにいる自分という意識的な存在は、
時間や空間を対象化しているがゆえに、
時間や空間の中にはいない、
あらゆる時間や空間から自由な存在、
時間や空間は自分という存在を基点として存在を得ている。

この事実に導いてくれるのが、ヴェーダーンタです。

(ここまでの散文は、サッダルシャナの訳ではなく、
今私がヴェーダーンタの紹介を自由に書いたものです。
サッダルシャナの本文と訳は一番下にあります。)



プージヤ・スワミジの本、「パブリック・トーク2」において、
このトピックに関して引用されいてる、
ラマナ・マハリシの「サッダルシャナ(सद्दर्शनम् [saddarśanam])」
からの一節を紹介します。

ネットで検索したら、誤字の含まれているものばかりだったので、
自分で打ち直し、日本語訳を入れてみました。
訳の前のサンスクリット語は、単語ごとに切って(पदच्छेदः)並べ替え(अन्वयः)をしています。

単なる打ち間違いではなく、サンスクリット語文法の知識の欠如による間違いが、
ネット上のブログなどで紹介されいてる多くのサンスクリット語に見られるのは、
残念なことです。インド人にこそ、ちゃんとサンスクリット語を勉強して欲しい。

भूतं भविष्यच्च भवत् स्वकाले
तद्वर्तमानस्य विहाय तत्त्वम् ।
हास्या न किं स्यात् गतभाविचर्चा
विनैकसङ्ख्यांगणनेव लोके॥17॥
bhūtaṃ bhaviṣyacca bhavat svakāle
tadvartamānasya vihāya tattvam |
hāsyā na kiṃ syāt gatabhāvicarcā
vinaikasaṅkhyāṃ gaṇaneva loke||17||

भूतं भविष्यत् च स्वकाले भवत्  [bhūtaṃ bhaviṣyat ca svakāle bhavat ]
過去と未来は、その時においては、現在です。

तद्वर्तमानस्य तत्त्वम् विहाय [tadvartamānasya tattvam vihāya]
その現在という真実(つまり自分自身の本質)を抜きにして、

गतभाविचर्चा हास्या किं न स्यात् [gatabhāvicarcā hāsyā kiṃ na syāt]
過去や未来の話をするのは、笑いごとにしか過ぎません。

एकसङ्ख्यां विना गणना इव लोके [ekasaṅkhyāṃ vinā gaṇanā iva loke]
それは、1という数字なしに、数えることをするようなものです。

2018年5月30日水曜日

第2回福岡での勉強会ご報告&振り返りマテリアル


今回は特別サットヴァ・ランチのゲスト!

今回は、大分でピュア・ベジタリアンの食事を作って提供している、インド人主婦のディープティさんが、勉強する人への食事を作りに、はるばるやってきてくださいました。そして、移動や料理のアレンジを引き受けてくださった北九州のあいさんにも、感謝!!

ベジタリアンであることはもちろん、玉ねぎやガーリックの入っていない、サットヴァなごはんです。インドのアシュラムでももちろん同じ。

主催のマウントヒル・ヨガスタジオの良子さんは昨年、南インドのグルクラムまで、はるばるやって来られました。アシュラムで作られているベジタリアンでサットヴァな食事を毎食食べていると、なんともいえない幸福感を得られたそうです。
それを再現するために、今回わざわざ皆さんの為に食事をアレンジしてくださいました。良子さんの高い志、多くの方への思いやり、実行力は素晴らしい!!です。

みんなが集まって勉強するには、みんなが座れる清潔な場所と、みんなの分のベジタリアンの食事が必要です。日本でこれらを揃えるのは結構大変!
みんなが勉強できるようにと、それらをアレンジしてくださっている主催者の方々のコミットメントは、勉強する人皆が感謝するべきブレッシングです。本当にありがたいことです。


インドの伝統的な家庭に生まれ育ったディープティさんはもちろん生まれながらのベジタリアン。
おうちでは毎日お父様が、家族みんなに聞こえるような大きな声で、ギーターやお祈りのシュローカなどのチャンティングをされていたそうです。生まれながらに、サンスクリット文献へのサムスカーラを植え付けてもらえる、とてもいい環境ですね。

日本でも、チャンティングを勉強されている皆さん、ご家族に聞かせてあげてください!
 

インドでよく見かける豆2種類。ムングはスプラウト(発芽)されています。
発芽させると栄養価が上がり、消化も良くなるので、お勧めです!
発芽させるのもとても簡単ですよ。私もインドでたまに自分の部屋でやっていました。
心を込めて、お代わりも皆にサーヴィングしてくれました。
インド人主婦のサットヴァなベジタリアン・クッキングを、日本語で学べるようにと、
ディープティさんに、ユーチューバー・デビューするように、強くお勧めしました。
YouTubeでサットヴァなインド料理を学べる日も近い!
主婦ならではのスパイスの使い方、味付けの仕方、でも味見はしないとか、サーヴィングの仕方、苦労話など、いろいろ聞けるといいですね。

ギーター15章をチャンティングして、いただきます!

福岡に来たらいつも、面白いところに連れて行ってもらっています。
今回の帰りには、ベジタリアンのドーナツ屋さんに連れて来てもらいました。
ここのオーナーは、ドーナツを揚げた廃油を車の燃料にして、ドーナツのデリバリーをしているそうです。筋金入り!ヴィーガンのドーナツもあります。
帰りに連れて行ってもらったドーナツ屋さん。
私の印象では、福岡は、変な人が変な人でいられる、というか、
面白い人が、面白いことをどんどん実行していける、そんな若いエネルギーをみんなでエンジョイしている、って感じで、楽しい場所で、大好きです。もっと知りたくなります。


そして、最後にやっと、5月27日(日)の勉強会復習マテリアル:

文法とチャンティング


母音とカ・ヴァルガの子音を見ましたね。
水色の教科書を見ながら、それぞれの音のスターナ等を、音の表と比べながら復習してくださいね。

チャンティングは赤い教科書の最初の3つを練習しました。
こちらに音源があるので、練習しておいてください。
https://soundcloud.com/user-850550597/sets/eqiov5d9ffu1

会場のマウントヒル・スタジオからの眺め。

ヴェーダーンタ


なぜヴェーダーンタを勉強するのか?というところをしっかり復習したあとで、
タットヴァボーダという文献を見ましたね。
最初のプレーヤーのシュローカと、2つ目のセンテンスまで見ました。
https://www.youtube.com/watch?v=gnVfqXZTIto&list=PLLxBjTc9MJ_ic0i77whO4VzQOdRE4hqg0
こちらにチャンティングのビデオを作ってあります。

テキストにある、各単語の後ろに書かれてある数字については、次回(6月24日)に説明しますね。

2018年5月21日月曜日

ギーター15章の後に唱えているシュローカ 続編

東京勉強会での愛情たっぷりのランチ
 以前に、食事の前にチャンティングする、
バガヴァッド・ギーター15章の後に、
さらにチャンティングするシュローカを紹介しました。
こちら
さらに、もうひとつ、一般的にチャンティングされるシュローカがあるので、
それも紹介しますね。
アンナ(食べ物)プールナー(満タン、いっぱい)
という名前の女神への祈りです。 

アンナ・プールナー・ストーットラムの中の一節です。

リシケシのアシュラムでは、このシュローカをチャンティングしますが、
アナイカッティのグルクラムではチャンティングされていなかったので、
どちらにも住んでいた私にとっては、このシュローカをチャンティングするか否かは、
あまり定まっていないので、ばらつきが出てしまいます。
アナイカッティの方が7年半と長く住んでいたし、3年コースの生徒だった頃は、
食堂のチャンティング担当だったので、やっぱり無しヴァージョンがしっくり来るようです。



18章66節のあと、
 
हरिः ओम् ।
hariḥ om |

अन्नपूर्णे सदापूर्णे शङ्करप्राणवल्लभे ।
ज्ञानवैराग्यसिद्ध्यर्थं भिक्षां देहि च पार्वति ॥
annapūrṇe sadāpūrṇe śaṅkaraprāṇavallabhe |
jñānavairāgyasiddhyarthaṃ bhikṣāṃ dehi ca pārvati ||


女神アンナプールナーよ!永遠に満ちている者よ! 
シヴァの命である最愛の伴侶よ!
知識とヴァイラーギャの達成の為に、
ビクシャー(施しの食べ物)を下さい。パールヴァティーよ!


हरिः ओम् ।
hariḥ om |


4章24節 
 
हरिः ओम् ।
hariḥ om |


ओं नमः पार्वतीपतये हर हर महादेव !! oṃ namaḥ pārvatīpataye hara hara mahādeva !! 

パールヴァティーの夫へナマハ!
ハラよ!ハラよ!マハーデーヴァよ!
(全てシヴァの呼び名です。)


2018年5月16日水曜日

宇宙との一体感という、心の在り方




国籍や人種、民族や宗教、時代さえも超えて、
そして人間だけではなく、
あらゆる生きとし生けるもの全てに共通する
「アヒムサー」という価値観を、
生き物として最もベーシックな行為である
「食べること」に反映させる、ということは、
心と身体が環境と調和することですから、
すなわち、宇宙との一体感を得て、
精神的な安定に簡単に繋がるということは、
誰にでも明快にわかることです。
宇宙との一体感を得ることは、至福であり、
最高のリラックスであり、客観的になれるということです。



「宇宙とつながる」という言葉をよくみかけますが、
「つながろう」としていること自体が、事実が見えていない証拠です。

体を持って生きているというだけで、既に宇宙に繋がっているのですが、
そんな至極当たり前の事実が、私利私欲という心の曇りによって見えなくなってしまう。
「既に繋がっているという事実が見えていない」だけなのです。

事実を見えなくさせている原因は、
「自分は宇宙から切り離された小さく不安で不満な存在だ」という自己認識にあり、
その自己認識が、その人の生き方、つまり世界との関わり方を決定しているのです。

2018年5月14日月曜日

第2回東京ヴェーダーンタ勉強会 復習マテリアル

リシケシのガンガー




5月12日(土)に勉強したことをまとめておきました。

復習にご活用ください。
できれば、クラスに参加していた人や、参加していなかった人も交えて、
いろいろディスカッションしながら復習してみてください。

Vishnusahasranamaのクラス

9つ目のシュローカまでをチャンティングして、
6つ目のシュローカの意味まで見ました。

プルシャ・アルタを明瞭にすることの重要さ、
ダルマの重要さについてもお話しましたね。
・祈り(イーシュヴァラ/普遍的秩序の認識)
自分の全ての行いと経験に、普遍的秩序が見いだせるようになること。
つまり、イーシュヴァラの認識ができること。
・リーチング・アウト(思いやりの手を伸ばす行為)
小さな自分の認識の殻を破って、大きな自分、つまり普遍的秩序と対立していない心を造ること。
どちらも、客観性を高めるためにあります。
この二つはどちらも、実践するためにあります。
祈りとリーチング・アウトの実践によって造られた心によって、
ヴェーダーンタの教えの意味が、よりクリアーに、
自分の意味として楽しむことができるのです。

Vishnu(イーシュヴァラ)の名前は、単に他と識別するための名前ではなく、
サンスクリット語であるその名前の意味を理解することにより、
イーシュヴァラとは何かを、より明瞭に知ることに繋がります。


チャンティングのクラス

前回勉強したシックシャー(発声学)にもとづいて、
自分の体のどの部分から、どのようにして、発声されているのか、
ひとつひとつの音に関して、きちんと認識しながら、
チャンティングの練習をしましょう、という話をしましたね。

赤い本にある、4.文献の勉強の前にするお祈り 
までを見ました。
こちらに音源がありますので、復習に使ってください。
Soundcloud Medha Michika のページ
次回は、この3つのシュローカの意味を見ながら、
さらに練習をすすめていきます。

サンスクリット語文法のクラス

水色の本に記載されている表を、1から順に見ていきながら、
今までのおさらいを兼ねて、いろいろ学びましたね。
誰かに説明しながら復習することをお勧めします。
・IAST表記法
サンスクリット語をローマ字で表す方法のひとつ
・ ヴァルガ(वर्गः [vargaḥ])=組
カ・ヴァルガといえば、kの段の5つの音でしたね。
・母音の名前
1拍の長さの母音を、ह्रस्वः [hrasvaḥ]、
2拍の長さの母音を、दीर्घः [dīrghaḥ]
と呼ぶ、と学びました。

サンスクリット語の発音をひとつづつ、表記法も併せて勉強することも始めましたね。
今回はऋ/ॠまで見ました。次回はऌ,ए,ओなどからですね。
これも、水色の本に沿って復習しておくことをお勧めします。

カーラカにういても学びましたね。
これが今日の目玉でもあります。
カーラカとは、「ある行為を達成する為に必要な主要な要素」です。
カーラカには6つありましたね。
  1. कर्ता [kartā] 行動の行い手、主体
  2. कर्म [karma] 行動の対象、されるもの
  3. करणम् [karaṇam] 行動の手段・ツール
  4. संप्रदानम् [saṃpradānam] 行動の結果の受取り手
  5. अपादानम् [apādānam] 行動の起点
  6. अधिकरणम् [adhikaraṇam] 行動の範囲(時間・空間・主題における)


 日常の一場面を切り出し、
そこにある行動・動作を抜き出し、
それに関するカーラカを見つけてみてください。
例えば、
「今朝私は、カフェにある大きなソファに腰かけ、昨日届いた手紙をカバンから取り出し、マスターが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、それをゆっくり読みました。 」
この文章にある行動・動作はいくつありますか?
ある
腰掛ける
届く
取り出す
淹れる
飲む
読む
それぞれの動作に直接繋がっているカーラカを見つけましょう。


ヴァーキャ・ヴリッティのクラス


ヴァーキャとは、文章のこと。
ヴリッティとは、ここでは解説という意味。
文章は、単語によって構成されています。
ヴェーダは言葉という形の、知る手段です。
人間が理解し、人間の幸せを満たす為に、
ヴェーダは、膨大な数の文章を、人間に向かって教えています。
そのヴェーダの全ての文章は、最終的には、たった一つのことを教えるためにあります。
ヴェーダの知識全て、人間が知りえる知識の全ては、
幸福の追求において、最終的には、一つのタイプの文章に集約されます。
それが、マハーヴァーキャです。


マハーヴァーキャを構成する3つの単語:
ジーヴァ(जीवः [jīvaḥ])あなた
イーシュヴァラ(ईश्वरः [īśvaraḥ])全て
アイキャ(ऐक्यम् [aikyam])ひとつであること


を表す単語の意味を解説し、
それが文章として、人間の幸福を完全に満たす意味を成すように、
解説しているのが、
ヴァーキャ・ヴリッティです。
つまりこれは、マハーヴァーキャ・ヴリッティなのです。

最初のふたつのシュローカは、
ヴィシュヌとグルに対するナマスカーラ(祈り)でしたね。
3つ目のシュローカでは、
アディカーリットヴァ(अधिकारित्वम् [adhikāritvam])のトピックになりましたね。
次回は、このアディカーリットヴァについて、
タットヴァボーダで紹介されている、साधनचतुष्टयम् [sādhanacatuṣṭayam]に沿って、
詳しく見ていきます。



2018年5月13日日曜日

ヴェーダの特徴 その1


ヴェーダの言葉は、
盲目的に信じるためのものではありません。

この点において、
ヴェーダは、他の多くの宗教とは、性質が異なります。
 
ヴェーダの言葉は、
人間が、客観的に世界を認識できるよう、
それを助けるためにあります。

既に存在しているものでも、
それについて知ることができなかった為に、
認識できていなかったことに対して、
言葉を与えることにより、
それを認識できるようになります。

存在しないものを提唱し、
それを信じなさい、というのではありません。

例えば、
重力は既に存在していたけれども、
「重力」という言葉とその意味を説明してもらって初めて、
重力というものを認識できるようになります。

そうやって、世界の認識がより明瞭になるのです。


ヴェーダは、人間に対して、
曖昧な考え方を正すように、促しているのです。


自分が本当に欲しいものは何だったのか?

という根本的な問題を曖昧にしたまま、

地球の人口のほぼ全員は、
とりあえず目先や死後の楽しい経験を追いかけることに忙しいまま、
人生の全ての時間を消耗します。



なぜ、ヴェーダーンタを勉強するのか?

きっかけはどのような動機でも、
ヴェーダーンタに辿り着けたことは、祝福すべきことです。
せっかくヴェーダーンタに辿り着けたのだから、
ヴェーダーンタの学びが、実を結ぶものとなるよう、
今までの概念という曇りを取り払えるオープンさを持つ必要があります。


なぜ、ヴェーダーンタを勉強するのか?
「インド哲学にお詳しく」なりたいから?
それなら、大学にでも行って研究するのが良いでしょう。
いろんな本を自分で勝手に読んで独自の解釈で独学する手もあります。

ヴェーダーンタは、
「自分の本質を正しく知る」ための、
知る手段です。

ヴェーダーンタの言葉は、
正しい伝統に沿った手法で扱わなければ、
自分の姿を見せてはくれません。

ヴェーダーンタの言葉自体に詳しくなろとしているのではありません。

ヴェーダーンタの言葉によって照らし出される、本当の自分を知りたいのです。


「研究課題」や 「物知りになるための蘊蓄ネタ情報源」として、
ヴェーダーンタにアプローチしても、
ヴェーダーンタは、その人の本質を見せてはくれません。

「知る手段(プラマーナ)」として、
ヴェーダーンタにアプローチして初めて、
ヴェーダーンタは、本来の役割として機能します。
つまり、その人の本質を見せてくれます。

例えば、
研究対象として、鏡にアプローチする人は、
鏡の厚さや硬度、成分などに詳しくはなっても、
鏡が映し出している自分の姿は見えません。
その人の興味のピントが外れているからです。


自分を知る手段として鏡にアプローチして初めて、
そこに映し出される自分の姿を見ることができます。

それと同じことです。

ピント外れとは、
自分は結局何が欲しかったのか?(プルシャ・アルタ・ヴィヴェーカ)
ヴェーダーンタが何の為にあるのか?(プラマーナ・ヴィヴェーカ)

この点の理解が、まだ明瞭になっていない、
ということです。

伝統的手法を知る先生の助けがないまま、
ピントが外れたままで、
いくらヴェーダーンタの言葉を詳しく研究しても、
「難解な哲学」もしくは「勘違いスピリチュアル」に終わってしまうのです。
 

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