2018年11月15日木曜日

ベジタリアンの機内食の種類

飛行機で出される機内食で、ベジタリアンを希望される場合は、
事前予約が必要です。
搭乗手続き(チェックイン)の際に言っても間に合わない場合があるので、
先に手続しましょうね。。

インド乗り入れ便・インド国内線ならベジタリアン食は当たり前に積まれていますが、
数に限りがあるので、先に予約しておくに越したことはありません。

事前予約は簡単です。

オンラインで飛行機を予約する際に、特別機内食(specail meal)を指定するだけです。
オンラインで指定できない場合は、チケット購入後に、
航空会社の予約センターに電話すれば変更してもらえます。

特別機内食への変更は無料です。

特別食のリクエストには特別な費用は掛かりません。

皆より先に配膳してもらえます。

タダなのにVIP気分。

ベジタリアンの特別機内食の分類

各名称の後ろにあるのは、4桁のミール・コードです。 
国際標準なので、どのエアラインでも共通ですが、
LCCではこの国際標準に準じていないので、要注意です。

 

ジャイナ教ベジ・ミール(VJML)

動物性のものと根菜は一切入っていません。
ゆえに、ニンニクや玉ねぎも入っていないので、
私はいつもこれを頼んでいます。



フルーツ・プラッター(FPML)

フルーツの盛り合わせのみ。
フライトがエーカーダシーの日に重なったら、これだ!
その昔、エーカーダシーの日に、これの存在を知らずに、フルーツだけにして、と頼んだら、全てのお皿にフルーツが入った食事を提供されました。そんな感じだと思います。

アジアン・ベジタリアン・ミール(AVML)

カレー系インド料理です。
ピュアベジなので、乳製品以外の動物性のものは一切入っていませんが、ニンニク・玉ねぎは入っていることがあります。

ヴェジタリアン・オリエンタル・ミール(VOML)

中華風のヴィーガンだそうです。

ヴィーガン・ミール(VGML)

普通にベジタリアンを頼むとこれになります。

ロー・ベジタリアン・ミール(RVML)

熱加工されていないベジタリアンの食事です。
生・乾燥・ジュースの形で、フルーツと野菜が提供されるそうです。
料理がお上手でなさそうなお国のエアラインに乗るときにはこれにしようかな。。

要注意!
ヒンドゥー・ミール(HNML)はノンベジです!
牛肉抜きなだけで、他の動物性のものは何でもありなので、注意してくださいね。


念のために予約の際に確認をするのがベストです。
予約係や客室乗務員のベジタリアンへの理解が薄い場合は、
カスタマーサービスに報告するのが良いでしょう。 

Enjoy your flight!



2018年10月18日木曜日

ヴェーダの知識に対する『お客様態度』

来週から半年インドなので、ゆっくり一日一語のブログを書いたり、
Youtubeビデオを充実させよう!と思っていた矢先、、

先日Amazonのレビューを久々にチェックしたら、
「この程度の内容ならネットで全部手に入る」という理由で、
星ひとつの評価をつけられていました。

皆さんに役立てるようにと、音源や情報をネットでどんどんアップしているつもりですが、
そんなことを書かれると、どうしたもんか、と思いますね。

何がよろしくないかというと、
この『お客様態度』が問題なのです。

『お客様態度』でヴェーダの知識に接し、上から態度で評価をする、
ということろに、ヴェーダの知識に対しての不遜・不徳があるのですね。

「音源はネット上で公開しています」って書いているのに、
「CDが付いてない」という理由で☆ひとつにされたことが2回ありますし。。


資本経済主義国で生まれ育ち、インド的価値観を知らなかったら、
『お客様態度』を持ってヴェーダの知識に接してしまうのは、
仕方がないのかも知れませんが、
これは、ヴェーダの知識を勉強する上で、非常によろしくない。

でもいつか、そういう人たちも、ヴェーダの恩恵によって、
このような知識が日本に居ながらにして手に出来る有難みを理解できる日が
来ますように。。と祈るばかりです。。


お客様のご不満を聴いて、じゃあ、ヴェーダを改良しますね、
という訳にはいきませんし、
インドの狭い部屋から、心優しい同志の貴重な力をお借りして、
皆の為を想って、コツコツと本づくり・音源づくりしているのだから、
パッケージの品質に不満や不備を見つけたのなら、
インドの心を持つ人なら、品質向上の手助けをしてくれます。
(お客様態度で、公の場で文句を言って☆ひとつの評価をするのではなく。)



せっかく人間に生まれたのだから、
ヴェーダのような知識がこの世にある、
ということは、私だったら知らせて欲しかったから、
ネット上にシェアしても大丈夫そうな知識ならシェアしています。

しかし、それに対して公の場で低評価がされうる仕組みだと、
ヴェーダの名のもとにあまりよくないな、とも思います。

皆さん、そこの辺りのことをよくよく理解していただき、
私がネット上でシェアする知識をご利用ください。。

祈りを込めて。。 



2018年10月17日水曜日

生徒さんからのお便り

この半年ほど、日本でヴェーダーンタとサンスクリットを教えるという、
私にとっては新しい試みをしてきた中で、
たくさんの方からご質問やご感想などのお手紙をいただきました。
稀に私からのお返事をシェアすることはあっても、
生徒さんからのお手紙をシェアすることは無いのですが、
今回は、多くのヨガに悩める方々とシェアできれば、と思える
素晴らしい内容のお手紙をいただいたので、
ご本人の承諾を得て、本文をそのまま引用しますね。

――――――――――――――――――


私はヨガの先生をしていますが、
半年前までは、アーサナを通して生徒さんたちに何を伝えたいか、などと考えていました。


そんなとき、先生の授業の中で「物事には限界がある」と教えていただき、ハッとしました。
ヨガにも限界があるんだ…と初めて気付き、そこで今まで何となく感じていた矛盾がようやく腑に落ちました。


今は「ヨガでできることはここまで」と、先生のおっしゃる通り「ヨガは心と体のコンディションを整える」という範囲に留めるのが最適だと感じています。

そこから先の成長は、その人自身に任せるのがいいと思うのです。


そして、今朝先生もおっしゃっていたように、自分がやりたいことより、周りに求められることをして貢献しよう、と思えるようになりました。


今までずっと、私はどうしたいか、私は何をやりたいか、とばかり考えてきて、
自分の人生は自分でつくらなきゃならないから、と構えていました。


落ち着いて見回せば、すべきことはすでにいくらでもあるのに、すでに与えられていたものを「違う」とずっと無視してきたような気がします。


だから、いつもどこかに行きたかったし、何かしてないと不安だし、誰かに認められないと悲しかったです。


でも、ダルマに沿った生き方が最優先とわかってから、
そういうことをしなくても大丈夫なのだと、落ち着いてこの場所にいられるようになりました。


――――――――――――――――――
引用ここまで
――――――――――――――――――

ヨガという言葉には、いろんな意味がありますから、
「これが本当のヨガの意味だ!」と無理やりひとつにまとめようとすると、
文字通り無理が生じてしまいます。

ヨガとヴェーダーンタをごちゃまぜにして、
混乱と悩みをさらに深めてしまっている人をよく見かけるので、
 「何が、何のためにあるのか」
をきちんと伝えるようにしています。

ヨガという言葉に踊らされず、
まず、「ダルマ」という言葉の意味を、しっかり体得することが大事です。

ダルマに沿った生き方とは、
「他の生き物への、より小さな負担、より大きな貢献」
を考えて、実践しながら生きることです。


これからも、日本中に、ダルマの認識と実践が広がりますように。。
日本も、ダルマの国と呼ばれるようになれますように。。。

2018年10月16日火曜日

本当は怖い宗教、本当は怖い価値観とは?

今日歯医者さんで、糸切り歯が出っ張っていることの意味を教えてもらったので、
バリでは成人の儀式で犬歯を削るんですよ~という話を教えてあげたら、
「宗教って怖いですね~!」という反応が。。

バリヒンドゥーの人達は全く怖い人達じゃないし、
それどころか、めっちゃシャーンティな方達なので、
宗教だからという理由だけで「怖いですね~」と同調するのはできないな、
と思っていると、なんだか気まずい沈黙になってしまい。。
そんな中、気遣っていただいたのか、
「そういえば、ベジタリアンなんですよね?」
という別の話題を振ってもらうのだけど、
宗教つながりでベジタリアンか?と勘ぐってしまう。

私がベジタリアンになったきっかけは、
「動物を殺してまで、自分は食べ物を貪る必要は無い」
という、人間として当たり前の理性によるものですが、
もうちょっと分かり易い短い言葉でいうと、
「環境にやさしいから」ということになる。

ヒンドゥー教のベジタリアンも、全く同じ考えなので、
それを宗教的な理由としても、全く同じことなのだけど、
まぁ、普通の日本人の知識では誤解されるだけでしょうから。。

「アメリカにいた頃の論文の書き方の先生が、
ベジタリアンと環境の関係について話してくれて、、
もともと嫌いだったのが始まりですけど」
と、正直かつ分かり易い説明にしておきました。

その後私が、
「一度処置したら絶対虫歯になったり欠けたりしない
歯の薬を開発するのって、そう難しいことではないのでは?」
という質問をすると、
「そんなのあっても絶対揉み消されます!
歯医者もそれに関わる人も仕事がなくなってしまいますから!」
という、経済至上主義的お約束なお返事。

でもさ、そっちの方が怖くないですか?

これはもちろん、歯医者さんに限ったことではなく、
世の中の産業全てに言えることです。

私の通っている歯医者さんはとってもいい人達なので、
たとえ例え話でも、こんなことを書くのは嫌ですが、
より多くの歯を削ってより多くのお金を稼ぐのは、
歯医者としては、経済的には、それで成功なのだけど、
人間として成功したと言えるのか?

より多くの人間が、歯の問題なんかに関わらない方が、
患者の時間も、医者の時間も、無駄にしなくて済むのに?

でもそれって、金儲け以上の「何か」に価値観を見出している人にしか言えないことです。

不必要にに需要をつくり、不必要な消費をさせ、
そのために不必要な時間と労力を使って、不必要に稼いだお金で、
必要最低限の暮らしをするの?それとも不必要な消費をしているの?

不必要だらけなら、人生の大切な限りある時間と労力を、
本当に必要なことに使えていない、ということですよね?


生存すること以上のもので、 何が不必要で、
何が本当に人間として大切なものか、分別がついていますか?
もう、何が必要で、何が無くてもいいものなのか、
そこの分別も失なわれているようです、思考ストップ型現代社会の価値観は。。。

人間、本当の意味で進化したら、
本当に人間にとって大事なことを見つけ、
経済は単なる手段に過ぎず、
経済活動に費やす時間も労力も資源も、ミニマムにすることを善しとするはずです。

本来なら知識人がそのような価値観を提唱して、
政治・経済・民衆を引率するべきなのですが。。。


本当に怖い価値観、本当に怖い宗教って、
現代社会の「当たり前」として、国や企業からプロパゲートされている、
価値観・ライフスタイルではないでしょうか?

もっと怖いのは、この「当たり前」を疑おうとしない、
考えない、考えられない、思考ストップ脳です。
せっかく素晴らしい可能性を持った思考力を与えられているのに、
それを理性的にきちんと使えなくさせられているのが、いわゆる洗脳です。
知性を使っていても、理性を意識して使っていなければ、
人間として生まれた意味がない。

ヴェーダの言葉でいうと、
アルタとカーマのふたつしか無い価値観です。

人間が人間として、良心という言葉の意味として、
本来知っているはずの、ダルマという価値観も、
ダルマという価値観の価値を教えられる大きなヴィジョンが無い限り、
アルタとカーマのトレード・オフで、いとも簡単に妥協されてしまいます。

それが日本のスタンダードであり、
つまり世界の「先進国」 とやらのスタンダードなのです。

アルタとカーマのみを追求して自滅への道を闊歩している面では先進国ですね。



マイソールでのサンスクリット語のお祈りの見直し

サンスクリット語は、チャンティングを聴けば、
その人がどの程度文法を知っているのか、丸見えに分かります。
だから、チャンティングを学ぶ人は、文法もきちんと学んでね!


先日、インドで教わったというチャンティングを見てもらうように頼まれました。
昨今では、外国人は仕方ないとして、インド人の先生達自身が、
サンスクリット語の教養を持たないために、
間違ったチャンティングの発音が次から次へと伝えられている、
というのが現状です。
ゆえに、これはちょっとチェックしたほうがいいかな、と思い、
渡されたプリントを見せてもらいました。
以下は、そのままタイプしたものです。

vande gurūṇāṁ caraṇāravinde
sandarśita svātma sukhāva bodhe |
niḥśreyase jaṅgali kāyamāne
saṁsāra hālāhala mohaśāṁtyai ||
(中略)
ābāhu puruṣākāraṁ
śaṅkha cakrāsi dhāriṇam |
sahasra śirasaṁ śvetaṁ
praṇamāmi patañjalim ||


ちょっとしたタイプミスではなく、サンスクリット語の教養を感じさせない、
変なことろでのサマーサブツ切れ満載のスペリングですね。。。
まさに、インドあるあるですが。
ググってみると、同じようなブツ切れ版が多数出てきます。
ネット時代ですから、同じものがコピペで使いまわされているようですね。
インド人のヨガの先生が教えるサンスクリット語はいろいろ見てきましたが、
正しいサンスクリット語の知識をもたずに歪められたものばかりです。
このシュローカに限らず、間違った綴りや切り方のシュローカが、
ネットに氾濫しているのが実情です。。。 

一般的に出回っているシュローカのようですが、
私なりに文法的に見直して、
変なことろでブツ切れになっているサマーサをくっつけ、
綴り間違いと思われる意味不明な言葉を訂正してみました。


वन्दे गुरूणां चरणारविन्दे सन्दर्शितस्वात्मसुखावबोधे ।
निःश्रेयसे जाङ्‍गुलिकायमाने संसारहालाहलमोहशान्त्यै ॥
आबाहुपुरुषाकारं शङ्खचक्रासिधारिणम् ।
सहस्रशिरसं श्वेतं प्रणमामि पतञ्जलिम् ॥
vande gurūṇāṃ caraṇāravinde sandarśitasvātmasukhāvabodhe |
niḥśreyase jāṅgulikāyamāne saṃsārahālāhalamohaśāntyai ||
ābāhupuruṣākāraṃ śaṅkhacakrāsidhāriṇam |
sahasraśirasaṃ śvetaṃ praṇamāmi patañjalim ||
(स्वस्तिपाठः) (svastipāṭhaḥ)
अपुत्राः पुत्रिणः सन्तु पुत्रिणः सन्तु पौत्रिणः ।
अधनाः सधनाः सन्तु सर्वे सन्तु निरामयाः ॥
aputrāḥ putriṇaḥ santu putriṇaḥ santu pautriṇaḥ |
adhanāḥ sadhanāḥ santu sarve santu nirāmayāḥ || 

 
特に、जाङ्‍गुलिकायमाने の部分は、もともとは、jaṅgali kāyamāneと、
意味不明な言葉になっており、いろいろ調べてみて、
もっとも意味の通る形にしました。
文法的な説明は、時間のある時に説明したYoutubeビデオを作るつもりです。

しかし本来なら、私なんかが手直しを入れるのではなく、
チャンティングを教えるインド人の先生方達が、
サンスクリット文法をきちんと正しく学ぶべきであり、
こういった間違いや曖昧さを無くすべきなのですが。。。
やっぱり、インド人には真面目にきちんとサンスクリット語を学んで欲しいです。
インド人による、変な綴りや発音のシュローカが、ネットに氾濫しすぎです!!
あ~時間もったいな。

2018年10月15日月曜日

言語学の教室 西村義樹・野矢茂樹 著 を読みながら。




言語学の教室 西村義樹・野矢茂樹 著







まだ読んでいる途中で、残りはインドから帰って来てから、
になりそうですが、途中経過でもはっきり言えることは、
言語学について、学者さん達が専門用語を駆使してあれこれこねくり回していますが、
それらは全て、何千年も前から、
パーニニ文法の範疇で、より深く、よりすっきり明快に説明されている、
ということです。


言語学に携わる学者なら、パーニニ文法をきちんと勉強してた方がいいよ、
大学なんかできちんと学べるもんちゃうから、
何だったら私がきちんと教えてあげようか、と思いながら読んでいます。

各項目について、パーニニ文法と比較しながら、
突っ込みコメントを書いた付箋を貼りつつ読んでいますが、
それらのシェアは、インドから帰って来てからにするとして。。

パーニニ文法において、より広く・深く、系統立てて説明されている例として、
第5回で主に扱われているメトニミー(換喩)を取り上げてみますね。

「赤頭巾」
बहुव्रीहि-समास と呼ばれる、構成要素以外の言葉を指す複合語のほんの一例です。
ちなみに私の開発したコードで分類すると、116Bになります。

パーニニ文法の複合語の規則を勉強し、さらに略式コードも勉強してみると、
サンスクリット語とその分析の奥深さを知ることが出来て、もっと面白いと思いますよ。

「春樹を読んでいる」
これは、लक्षणा वृत्ति と呼ばれるもので、パーニニの範疇と言うよりは、
ヴェーダーンタでも扱いますが、文章を意味的に成り立たせるための、
文中の単語の理解の方法を分析するときに、
普通の理解に加え、जहल्लक्षणा, अजहल्लक्षणा, उभयलक्षणा, と分類します。

「所有格の多義性について」
これは、第六格(षष्ठी)の意味として、パーニニ・スートラで大きく扱われている範疇ですね。こっちもやっぱり、サンスクリット語の方が、ずっと前から、ずっと深く、ずっときちんと分類していますね。なんでもそうだけど。

だから、先にパーニニちゃんと勉強すればいいのに、と思いました。

アニル・セス: 脳が「意識された現実」という幻覚を作り出す仕組み を観て。


https://headlines.yahoo.co.jp/ted?a=20180314-00002817-ted


意識とは自分という存在、という前提で話を始めたのに、意識の対象であるマインドの話に終始していたけど、それが「普通の前提」だから仕方がないですね。。

冒頭から突っ込みどころ満載でしたが、我慢して最後まで見てみて、
結論のまとめのところだけで評価しますね。
 
・自己認識と世界への認識の拠り所となっているマインドの認知というものに審理がないこと、
・生理機能が働いているところ(सूक्ष्मशरीर [sūkṣmaśarīra] に)のみ認識がおきるということ、
ことの2点を明確にしているところを評価します。

しかし、意識というものが、マインドの中で発生する現象だと最初に言い切っておいて、最後の最後にいきなり、意識である自分の存在が不滅である、と言い切って終わるまでの、話の展開がスコーンと抜けていますね。

その間をどうやって埋めるか?ということを、単に瞑想して体験しようとか、神様を信じようとか、安直な思考ストップに逃避するのではなく、きちんと理性をもって追求できるようにと、インスパイアしてくれたらいいな、と思います。


2018年10月4日木曜日

落合陽一「これからの世界をつくる仲間たちへ」を読んで


これからの世界をつくる仲間たちへ
落合陽一








著者にも、多くの人にも届きますように、
と祈りながら、感想文を書きますね。
感想文のタイトルも「これからの世界をつくる仲間たちへ」 にしたいと思います!

「これからの時代に、コンピュータに負けずに、
人間としての価値観を活かして、どうやって生き延びるか?」
といった感じの内容が本書の大半を占めています。

しかしこれでは、パラダイムは変われど、
生存競争に人間の心が汲々としていることに、
何の変わりもないじゃないか!

人間は、何で生き延びないといけないのか?

何のために生きているのか?

人間に与えられた「生きる」という課題は、
何を達成して果たされたことになるのか?

といったことをもっと掘り下げて欲しい。

って本当にそんなとこばかり掘り下げていたら、
ITとかどうでもよくなって、本の主旨が変わってしまうけど、
実際、ITだのどうのって、人間の本質には関係ないのだから、
ITの最先端に関わる人にこそ、哲学してもらって、
そんなの関係ない!って言って欲しいなぁ。

先日新幹線の駅で、「お金2.0」という黒と金のカバーの、
いかにも欲にまみれてギトギトした感じの本を立ち読みしました。
大半はビットコインだのブロックチェーンだの、これからこうだ!
みたいな感じで、私にとってはつまらない内容なので読み飛ばしていたのだけど、
終盤では「お金なんてツールに過ぎない」と言い切り、
本当に豊かになったのなら、愛とか真実とか宗教とか、
人間にしか追求できないものに突き進まな意味ない!
といった、まさかの展開で終わっていて、それは嬉しい驚きでした。

落合君にも、そこまで、そしてその先まで、ぶっ飛んで欲しいです。

この本でも、最後のほうにちょっと、彼自身の哲学が出てきていたので、
よし行け!もっと揉まれて、もっと考え抜いて!
と応援したくなりました。


彼が本書で議論していた、
「この世で一番幸せな人は誰か」という問いですが、
その答えとして、
それは今の自分だ!今ここにいる、この自分だ!
と言い切れる人のみが、本当にいちばん幸せな人なのですよ。

それが完全無欠な自己肯定だからです。

彼の答えのように、
「ブータンの山奥でビジネスモデルを作っている人」
になること、が幸せだったら、それは完全な自己肯定ではありません。
 ~になること、というのはつまり、今の自分は、幸せな未来の自分像から、
時間や空間、質や属性によって、隔てられているからです。
何かにならないといけない。
何かになり続けることを、サムサーラと呼ぶのですよ!

何が、どんな障害物が、
今ここにいる自分を、世界で一番幸せな存在にしていないのか?
という、根本的な問いかけに気付いて、突き詰めて欲しいなぁ。

「結局、夢見ているときが幸せ」なんてのは、考えが足りないですよ。
「実現しちゃうと、夢から醒めちゃう」ような幸せは、
いつまで経っても追いかけ続けている幸せです。
てことは、いつまで経っても幸せじゃない。


彼は「技術の発展にともなって、人間の幸せも発展している」
という大前提で話を進めているかのようですが、

有史以来、人間はいろいろ発見して発明して発展しているけど、
幸福もそれに伴って増えている訳ではない、
というのは古典を知っていたら分かるず。

幸福って何なのか、
完全なる自己肯定って何なのか?
正しい知る手段を使って、真実が見えたなら、
この宇宙で最大のWOW!は自分自身なのだけど

आश्चर्यवत् पश्यति कश्चिदेनम् आश्चर्यवद्वदति तथैव चान्यः ।
āścaryavat paśyati kaścidenam āścaryavadvadati tathaiva cānyaḥ |
आश्चर्यवच्चैनमन्यः शृणोति श्रुत्वाप्येनं वेद न चैव कश्चित् ॥
āścaryavaccainamanyaḥ śṛṇoti śrutvāpyenaṃ veda na caiva kaścit ||
भगवद्गीता 2.29
bhagavadgītā 2.29

ある人はこれ(自己の本質)を、驚嘆を持って見ます。
またある人はこれを、驚嘆を持って話します。
またある人はこれについて、驚嘆を持って聴きます、
そしてある人は、聴いたにも関わらず、知ることが出来ません。
バガヴァッド・ギーター第2章29節


本書で彼が繰り返しているキーワードである、
「自己肯定」や「何のために生きるのか」「モチベーション」
というのは、そのまま、サンスクリット語でいう
「プルシャ・アルタ(人間が求めているもの)」ですから、
コンピュータではなく、人間にしか求められないもの、
究極的なもの、すなわち、絶対的に普遍的なもの、
それは何か?というのを突き詰めて欲しいですし、
暗中模索に終わらないよう、それを正しくアシストするための、
ヴェーダの文化を利用できる高徳も積んで欲しいですね。

自己肯定とは、結局、
自分が自分をどう見ているのか、
すなわち、自己認識に、完全に依存しています。

この身体や心といった有限のもので自己認識するのが
一般的な自己認識です。
それは、ちょっと問いかけると、頓珍漢も甚だしい、
あり得ない間違いだと分かることなのですが、
落合君はこのあり得ない自己「誤」認識を、
自分のツイッターアカウントにまで拡張しているのですから、
それが人間の発展なのか?と皮肉に思えます。

論理的に言語化する能力は、正しい思考に欠かせません。
親が子供と話すとき、論理的に言語化する能力を高めてあげられるよう、
必要な助け舟を、相槌のように入れてあげるのが大切、
というのは、さすが落合信彦の息子さんですね。

そのような会話力をつけるための講座が全国にあれば、
親子はもとより、あらゆる人間関係は、
意味のあるものへと向上すると思います。
これは世界中の人の考えを良い方向に変える、
とても効果的な働きかけだから、是非彼や彼の仲間にやって欲しい。

「この社会で何をすれば役に立てるか?」という利他的な視点から自分探しを勧めているのは良いことですね。
それは、ヴェーダの文化がずっと教えていることなのですけどね。

あと、本書に出てくるウナギトラベルの話ですが、
私は昔(2003年公開、準備はもっと前)、
itravelforyou.comというサイトを立ち上げて、世界旅行をしていました。
旅に出れない、全世界の人に向けて、「私が代わりに旅します!
行きたいところと撮って来て欲しい写真があれば教えてください!
気に入ればドネーションしてね!」というコンセプトを発しました。
(2年以上旅行して、もらったのは50ドルくらいかなぁ。)
今のような便利で華やかなブログ・サービスがまだ無かった時代ですから、
自分でプログラムを書きました。phpとmySQLです。
写真を一括でアップして、データベース化し、
バックオフィスでコメントをつけて、
表側で写真とコメントのレイアウトを自動生成するプログラムです。
今でいう、インスタやFBのようなインターフェイスです。
当時はそのようなサービスは無かったので、
自分の書いたプログラムはうまいことマーケティングすれば売れるな、
とは思っていたけど、旅行することの方が楽しかったので、
そのまま時代は過ぎ、今ではそんなことが誰でも無料で、
当たり前に出来るようになりました。
そんな時代もあったな、と珍しく思い出話でした。

ーーーーーーーー

昨年末に日本に帰ってきてから、
隙間時間に、日本語の本を精力的に読んでいます。
良い日本語の表現を学べるもの、哲学系もちょっと、
現代の日本人が共有している感覚が読み取れるもの、
という本を主に選んでいます。

ヴェーダーンタに出会って以来、
何を読んでも、何を見ても、
根本的な問題に辿り着けているか、
それにどうアプローチしているのか、
という観点でしか見れなくなっています。

ゆえに、何を読んでも、何を見ても、
「ああ、惜しいねぇ」という、
同じような感想しか持てないのですが、

その「もがいている様」を見るのは勉強になります。

とっても上から目線で恐縮ですが。。

著者達自身のもがき様と、
著者達から見た世間一般のもがき様を、
それぞれのスタイルで言語化されているのを読むのは、
とても勉強になります。
それを勉強するために読書していると言っても過言ではありません。

2018年9月21日金曜日

ヴェーダーンタの勉強の前のお祈り

ओं नमो ब्रह्मादिभ्यो ब्रह्मविद्यासम्प्रदायकर्तृभ्यो वंशर्षिभ्यो महद्भ्यो नमो गुरुभ्यः । 
सर्वोपप्लवरहितः प्रज्ञानधनः प्रत्यगर्थो ब्रह्मैवाहमस्मि । ब्रह्मैवाहमस्मि
oṃ namo brahmādibhyo brahmavidyāsampradāyakartṛbhyo vaṃśarṣibhyo mahadbhyo namo gurubhyaḥ | sarvopaplavarahitaḥ prajñānadhanaḥ pratyagartho brahmaivāhamasmi | brahmaivāhamasmi ||

Om, ブランマー神から始まる、ブランマ・ヴィッディヤーの教授法の伝統を受け継ぐ、系譜にある賢者達、偉大な先生方へ、限りなくナマハ、
あらゆる制限から自由である、純粋なる意識そのものであり、本質という意味である、ブランマンとはこの私である。私がブランマンである。

明日から同時通訳のセーヴァーをさせていただく、
神戸の講義の前に唱えられるお祈りの一部です。

「この宇宙全ての本質は何か」「この自分という存在は一体何なのか」
「人生の意味とは何か」 「善く生きるとは何か」
2500年前から西洋哲学はこの主題を問いかけ続け、
東洋と西洋の宗教も同じ主題に対して、完全な答えを出しきれず、
同じ主題を科学に求めるようになってからも、最終的な答えは見つけられないまま。。

ヴェーダは、2500年どころか、人類史のずっと前から、
さらには、繰り返される宇宙の始まりと終わりの中で、
自己意識と言語を持った生命体が表れた世界の全てにおいて、
この基本的な主題についてのプラマーナ(知る手段)として、
表れてきたのですが。。

たとえ非凡な知性に恵まれ歴史に名を残す哲学者や科学者でも、
ヴェーダの智慧の恩恵を受け、その教えの神髄に触れるには、
祈りという、もう一つの欠かせない要素が必要だったのだな、
と思わせる、祈りの句の内容です。




2018年9月14日金曜日

ヴェーダーンタに関する、払拭されるべき固定概念


日本に来て教えることになった当初、面喰ったこと:
教える場所として、ヨガ教室だけをピックアップして紹介されたり、
「いくつのヨガ教室で教えられているのですか?」 と質問されたこと。
えっ!?とショックで絶句してしまいました。
残念ながら日本では、ヴェーダーンタはヨガ教室で教えるもの、という
間違った固定観念が広がっているようです。ほんと、これは良くない。

確かに、現在の日本でのオーディエンスはヨガ関係の人が多いですが、
だからと言って、ヨガ教室に通っている人だけが勉強するもの、
という勘違いが広まってもらっては、それは真実にそぐわない事だから、良くない。

インドでは、個人宅や、寺院、公共のホール、
企業や大学でも、普通に生きている老若男女が集まって、
悠久の教えに耳を傾け、普遍的な問題を見出し、
普遍的な答えを知り、それについて熟考する。。
という慣習が人間の歴史の中でずっと続けられています。
実際、ヨガをやっている人なんて殆どいないですよ。
みんな、普通の会社員や主婦、医者や技術者です。

日本でもそういう風に、もっと一般に向けて発信できるようになり、
正しい思考を出来る人が集まって、
本当の豊かさ、本当の成功とは何かについて、
考え直し、見つける機会が増えるといいですね。

そういった意味でも、ヴェーダーンタが、特有の習い事をしている人だけのもの、
という変な固定概念は、早く払拭したいものです。。。


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