2017年4月24日月曜日

エーカシュローキー(ひとつの節からなる作品)



今日のウパニシャッドのクラスで紹介されていた、
エーカシュローキー(एकश्लोकी)の全文に、
先生と生徒の会話の形で分けてअन्वय(並べ替え)して、
簡単な英訳と日本語を付けてみました。

エーカシュローキー(एकश्लोकी)は、たったひとつのシュローカで、
そのあなたがपरं ज्योतिः ですと真っすぐに生徒を理解へと導きます。




एकश्लोकी
किं जोतिस्तव भानुमानहनि मे रात्रौ प्रदीपादिकं स्यादेवं रविदीपदर्शनविधौ किं ज्योतिराख्याहि मे ।
चक्षुस्तस्य निमीलनादिसमये किं धीर्धियोदर्शने किं तत्राहमतो भवान्परमकं ज्योतिस्तदस्मि प्रभो ॥1॥

गुरुः – 先生
किं तव ज्योतिः? । What is your light? あなたの光は何ですか?
शिष्यः – 生徒
मे (ज्योतिः) अहनि भानुमान्, रात्रौ प्रदीपादिकं स्यात् । During the day time, my light is the sun. At night, it may be lamp and such. 昼間は太陽、夜はランプ等が私の光です。


गुरुः – 先生
एवं रवि-दीप-दर्शन-विधौ किं ज्योतिः? मे आख्याहि । Then, in the process of seeing the sun and lamp, what is your light? Tell me. そうなら、太陽やランプを見る時の光は何なのか、言ってみなさい。
शिष्यः – 生徒
चक्षुः । My eyes. 私の目です。

गुरुः – 先生
तस्य निमीलनादि-समये किं (ज्योतिः) ? । When eyes are closed, what is your light? 目が閉じている時(夢や回想の中で、)どの光で見ているのですか?
शिष्यः – 生徒
धीः । My mind. 私のブッディです。

गुरुः – 先生
धियः दर्शने (/अदर्शने) किं तत्र (ज्योतिः) ? । For seeing the mind, (when the mind is absent,) what is the light there? ブッディを照らしているのは、どの光ですか?
शिष्यः – 生徒
अहम् । That is me. それは私です。



गुरुः – 先生
अतः भवान् परमकं ज्योतिः । Therefore, you are the ultimate light. ゆえに、あなたが究極的な絶対の光なのですよ。
शिष्यः – 生徒
तत् (परमकं ज्योतिः) अस्मि, प्रभो ! । That ultimate light is me, O revered sir! 尊大なる師よ!その光は私です!

2017年4月14日金曜日

タミルの新年、ヴィシュ(Vishu)



新年の朝、初めて目を開けたとき、
一番吉兆なもの見て、一年を始めるのが吉兆とされています。

では、新年の一番最初に、自分の目に映すのにふさわしい、
この世で一番吉兆なものは何でしょうか?

そう、それは、自分自身です。
ヴェーダーンタの教えそのものですね。

タミルの家庭では、ヴィシュの日の朝早く、布団から目をつむったまま出て、
お母さんやお姉さんに手を引いてもらい、
鏡の前で目を開けて、一番吉兆である自分自身の姿を拝んで新年を迎えるのです。
子供の頃から、このような自己認識や世界観が持てる文化は素晴らしいですね。




ヴィシュの祭壇には、一番吉兆な自分を見る為の鏡がまず一番に目に入ります。ダクシナームールティも鏡の方に向かっていますね。
今年のタミル・パンチャーンガ(カレンダー)九種類の穀物、花々、野菜と果物など、新年を祝う吉兆なアイテムが勢ぞろいです。




プージャ・スワミジの近くでずっとセーヴァーをしていた若いスワミジが、アシュラムを訪れる人ひとりひとりに、Blessingと共にコインと甘いものを渡します。

2017年4月12日水曜日

滞在費用などのドネーションと、先生へのお礼(ダクシナ)についての質問


資本主義思想が根付いていて、合理的な経済活動が優先されている日本では、
勉強する際にかかる費用は、受講料や教科書代、施設利用料など、
「値段」が明記されている場合が多いですが、
インドのアシュラムの多くでは、全ての行動原理・思想が日本とは根本的に違うので、
そんな簡単には行かないですね。

滞在施設の費用へのドネーションと、先生へのお礼(ダクシナ)について、
よく質問されるので、ここにまとめてみました。


滞在費としては、ドネーションとしてオフィスの会計に渡し、
受け取った知識への尊敬を表す為には、お礼として先生に直接ダクシナとして渡します。


ドネーションは、
実務的な滞在費+貢献(滞在費を払えない学生やサドゥーへ等)
として考えれば良いと思います。

実務的な滞在費は、現在のインドの宿泊施設の相場で考え、
それにプラスして、より多くの人が、このアシュラムで提供する勉強の恩恵が受けられるように、
貢献者として喜んでもらい、自分も成長するチャンスとして、ドネーションすると良いと思います。

日本では寄付の文化が諸外国に比べて発展していませんが、
インドは自己成長の手段として寄付をする文化が発展しているので、
これぞインドでするべき体験として、ぜひ活用してみてください。


ダクシナについて、
先生は、生徒にもアシュラムにも誰にも雇われている訳ではありません。
単なる親切心と、文献に対する忠誠心で教えているだけです。
この点は、資本主義社会のなかでの先生・生徒関係とは全く違うので、
しっかり肝に銘じておく必要があります。
よって、ダクシナは、決して「受講料」や「日給」「月謝」などではありません。

ダクシナとは自分が、先生を通して、自分と知識の関係を築いていく手段です。
伝統においてダクシナは、学びに欠かせない要素のひとつですが、
いくらか?というと、完全に個人的な価値観次第です。

結局は自分と自分の頭の中でずっと育っていく知識との関係なので、
私の場合は、知識と共に後悔が付いてまわらないよう、
機会のあるごとに、先生の役に立ち、自分でもしっかり満足できるようなダクシナをして、
自分と知識との良い関係を築くようにしています。

ご参考になれば幸いです。。。

Medhaみちかの関連サイト