2016年2月11日木曜日

ヨガをしてるからって、ヨーガ・スートラを勉強する必要があるのか?

『サンスクリット語 一日一語』のコラムからの抜粋です。


(考えることの出来る人なら誰でも分かることだけど)

 「ヨガとはポーズだけじゃない」と気づいた人が、

その次は、、と求めて、「ヨガ」という語呂あわせで、

じゃあ、「ヨーガ・スートラを勉強しなきゃ」となるのが昨今のトレンドになっています。


しかし、人生の意味を満たすために、

ヨーガ・スートラの教える、アシュターンガ・ヨガは、

全ての人に必要なわけではありません。


常にダルマに沿った選択が出来る心を持ち、

ゆっくり座って、ヴェーダーンタの教えに耳を傾けることが出来て、

学んだことを熟考しながら、ダルマに沿った生活が続けられる。

それが出来るような身体と心の状態であれば、

ヨーガ・スートラを知っていなくても、全く問題ありません。


ヨーガ・スートラを勉強する時間があるのなら、

ギーターの勉強をすればいいのに!


とヴェーダーンタを知るものとして思うのですが、

それはもう、その人のプラーラブダですね。


アーサナやプラーナーヤーマ、瞑想ばかりに目が行って、

ダルマの生活や、ヴェーダーンタの勉強に目が行かないのは、

非常にもったいない!


たとえ文献の勉強に辿り着いても、

正しい先生にめぐり合える人は、これまた少ない。

ほんとに、これだけは、その人の持つグレース(プンニャ)ですね。


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