アーユルヴェーダやヨガの哲学を勉強されるのは結構なことですが、
なぜヴェーダーンタに興味を持つ必要があるのか?
なぜ、アーユルヴェーダやヨガの枠組みの中だけでは人間の幸せ探しが完結できないのか?
アーユルヴェーダやヨガが教える哲学の限界は?
といったことろを問い直してみると良いと思います。
もちろんその答えは、ヴェーダーンタを正しく勉強してみないと正確には分からないことですが、
ヴェーダーンタの勉強を始める前の準備としてはとても良いエクササイズです。
アーユルヴェーダやヨガ経由でヴェーダーンタに来る人の多くは、
アーユルヴェーダやヨガを極める為に、もしくはその延長線上として、
ヴェーダーンタを学ぶという姿勢で来られますが、
その姿勢を保ったままではどちらも正しく知ることはできません。
ヴェーダーンタの教えにご興味を持てることは、この上なく貴重で素晴らしいことです。
ヴェーダーンタの教えは何なのかを知るためには、ヴェーダーンタのクラスに来てある程度の期間しっかり聴き込みをするほかありません。
ヴェーダーンタを少しでも正しく勉強できたら、ヨガ哲学の枠組みの中でヴェーダーンタを理解するのは不可能であることが分かるはずです。
ヴェーダーンタの勉強を始める前に、方向性や正しい姿勢を持つために、
先に知っておくと良いことを書いておきますね。
人間は皆、自分が本当に欲しいもの(=モークシャ)が何なのかさえ明確に分かっておらず、
お金や家族、健康、仕事、生き甲斐、宗教やスピ、
美味しいものから旅行、至福体験や神秘体験まであらゆるタイプの経験、
そしてアーユルヴェーダやヨガなどの教え、
さらに天国や死後の幸福などの中に、
モークシャ(自分が本当に欲しいもの)を探し求めています。
それらのあらゆる全てのものにが限界や落ち度があります。
自分のするべきことをすることを選び取る生活を続けることにより、
執着・嫌悪といった主観から自分の世界観を自由にし、
人間が求めている様々なものとそれらの手段の全てに限界と落ち度を見透かせるようになった、人間として成熟した心を育て上げた人へ向けて、
ヴェーダーンタは、結局自分が本当に求めているものは何なのかを教えます。