2017年8月17日木曜日

「好きなことだけしかしない」の裏にある日本社会の問題

「好きなことだけしかしない」というのが、日本で今流行っているキーワードだと聞きました。確かに、本の検索をするといっぱい出て来る!こちらにあるように。

「好きなこと『だけ』」 とわざわざ、「だけ」とあることから、
好きではないことは、それがしなくてはならないことでも、しなくてもいいことでも、
とにかく一切しない、という意味になりますね。
そういう意味は極端~!というなら、「だけ」という言葉は使わないはずです。
まず、ことばの定義をしっかり。


A:でもさ、「嫌いなこと」で、「しなくてもいいこと」だったら最初からしなければいいじゃん?

B:いやいや、「嫌いなこと」でも、「しないといけないこと、するべきこと」っていうのがあるからさ、それをしないで、好きなことだけして生きていくの!

A:でもさ、「しないといけないこと、するべきこと」だったら、それは好きでも嫌いでもしないといけないから、それが嫌いなら好きになることを学べばいいだけじゃん。(それが出来る人=成功する人だったりするわけで。)

B:「しないといけないこと」なんて、しなくてもいいんだよ!好きなことだけしておけば!

A:しなくてもいいんだったら、それは最初から、「しないといけないこと」とは呼べないでしょ?

しなくてもいいことを、「しないといけない」と思っていたり、しないといけないのに、「しなくてもいい」と思っているなら、それは混乱しているってことよね?(というか、それちょっとアホ。)好きとか嫌いとか関係ないし。
 
そもそも自分の中で、社会の中で、「するべきこと」と、「しなくてもいいこと」、さらに「しないほうがいいこと」が、ごっちゃになって混乱しきっているのが問題ってことに気づかなきゃね。

混乱した社会の価値観から一旦抜け出してみる手段として、自分の「好き・嫌い」基準は、一時的にはいいかもしれないけど、そこからもう一歩先に進めるようになって欲しい。

今自分がするべきだと思っていることが、本当に、するべきことなのかどうかの賢い分別をつけるために、歪んだ社会の価値観や混乱した既成概念から抜け出し、もっと根本的に人間として正しい価値観・価値基準を見つけられるようになって欲しいです。

ヴェーダの文化では、「するべきこと」とは、その人の精神的・人間的な成長に繋がる行為を指します。

例えば、わかり易いところなら、ヨーガ・スートラで教えられている「ヤマ・二ヤマ」に沿った生活とか。

でも、現代の日本ではそれは難しいから、「好き・嫌い」に頼るしかないんだろうな。。。

Medhaみちかの関連サイト