2016年9月13日火曜日

アヒムサーと伝統文化

子供のこういう純粋な気持ちは、
人間としての無垢な「アヒムサー」の表われ。

アヒムサーという価値観に、価値を見出すのが、ヨーガです。

アヒムサーという価値観に、価値を見出せないのが、、、
資本主義に洗脳された考えとでもいいましょうか。
必要もない殺生をして、「いただきますって言えばOK~」という
理屈にもならない屁理屈を教える馬鹿な大人に、
子供たちの思考は歪められ、同じような大人になり、
アンダ・パランパラーは続きます。

日本人がイルカを殺したり、中国人が犬を殺したり、
ネパールの山奥で生贄祭をすることに対して、
全世界が炎上して、自粛を要請する署名活動をしている一方で、
自分たちがサンクスギビングやラマダン明けに、1日で何千万もの七面鳥や羊を生贄にすることは、自粛しないの???
それが「普通」だから?普通って何でしょうか?
それが「伝統文化」だから?

ヒンドゥーの伝統文化は教えます。
「アヒムサー」が人間として守るべき最高の文化であると。

生贄の文化が何百年も続いていたとしても、
現在の地球の人口は増えすぎて、生贄なんてしている場合じゃない。
「アヒムサー」という価値を優先するのか。
生贄をすることのほうが大事なのか?

ヒンドゥーは、何千年続いていようが、時代に合わなければ、
儀式のやり方をあっさり変えてしまえる柔軟さがあります。
真実は儀式の中にないからです。
世界がどうひっくり返ろうと、ひっくり返せない真実を教えるのが、
ヒンドゥーの伝統文化なのですから。

善悪をジャッジする前に、疑問に思い、考えるところから始めて欲しいです。。

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