2017年6月28日水曜日

カースト制度について (1)

日本の学校で習ったり、漫画で読んだことは、
そのまま鵜呑みにして信じるわけにはいきません。。
 
もともとのインドの社会のあり方を説明するには、壮大なヴィジョンが必要なので、ここで書いて説明することは無理ですが、、
「人気のポジションを獲得するために、皆が互いに蹴落とし・騙し合いながら戦う、といった現代の競争社会とは、まったく逆だった」、と想像してもらうのが早いと思います。

もともとのインドの社会では、自分が天から与えられた義務を果たすことにより、精神的に成長することがゴールだったので、自分の天職探しに人生の貴重な時間を浪費することはありませんでした。どの職に就いているかではなく、社会に貢献できているか、精神的に成長できているか、が問題だったのです。
ゆえに、皆ひとりひとりが各々のポジションから、世界全体が回る貢献者だったので、現代のように互いに見下したり、不信感を持ったりする為のものではありませんでした。
カースト制度という言葉を造り、互いに卑下し嫌悪しあうような社会問題として故意に発展させたのはイギリス人です。

ほんの一例ですが、ブランミン(日本語でバラモンですか)はもともと、伝統の知識を継承する役割を社会の中で担っていたので、お金儲けや統治などは他の人に任せて、自分達は清貧慎ましく勉強して教えることに専念していたのですが、イギリス人達は、植民支配する手先として、ブランミンを雇い、特権を与えて他のインド人を支配させることにより、ブランミンを社会の嫌われ役と仕立て上げたのですね。そうして、支配者嫌い=ブランミン嫌い=ヴェーダ・サンスクリット嫌い=伝統文化嫌い=自分のルーツが恥ずかしい、となって、より植民地支配しやすくなるのです。
今でもタミルでは、ブランミンに対する憎悪感情やヘイト・クライムは後を絶ちません。ドーティを履いてチョティを生やしているだけで、(日本で言うと、袴履いてちょんまげ結ってるって感じですか?そこまででもないですが。)リンチにあうと言います。
このようにして、インド人達は自分達の文化を忌み嫌い、誇りを持たず、他の「カースト」の人間と争い蔑みあう結果となります。

今でもまだまだ、欧米的上から目線の”リベラル”で”進歩的”なメディアのコントロールは健在です。インドの伝統文化を歪曲し卑下して紹介し、子供の頃から自分達の伝統文化を忌み嫌うように教育していますし、外国からは、「インドって、後進的で、牛なんかを崇めているくせに、人間は差別してるんでしょ?」という意見しか持たせないプレゼンをしていますね。
インド社会は複雑なゆえに、ちゃんと知ろうとしない限り、大手メディアの言うことを鵜呑みにしてるだけでは、なかなか正しく知ることはできません。

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