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2026年5月14日木曜日

朝っぱらからスタバでインド人の若者と政治と宗教の座談会

ボリウッド・スターのヴィジャヤ氏が、タミル・ナードゥの州知事に当選したそうです。
今朝、チェンナイに長年住んでいた方から、彼が早速州下の寺院や学校周辺には不適切な呑み屋を取り締まるというニュースをお知らせいただきました。
https://www.msn.com/en-in/money/topstories/big-move-by-vijay-govt-700-liquor-shops-near-temples-schools-to-be-closed/ar-AA22Y3I0

(有名な仏教の尼さんがウイスキーの宣伝に出ても違和感を覚えない日本人感覚では理解は難しいかもしれませんが、インドの良識から考えたら、このような取り締まりは良識的であり、それを「ひんずー至上主義~」と無理解から言われたくないです。)

そのニュースのヘッドラインには、ヴィジャヤ氏のファーストネームが Joseph とある。彼自身、そして人々は、彼のアイデンティティーをどう捉えているのだろうか?

ちなみに、ヴィジャヤ(विजय [vijaya])とは、勝利という意味の完全なサンスクリット語で、ヴィシュヌの名前であり、インド人のよくある名前です。

ググってみると、私の疑問を表す検索語候補が直ぐに出てくる。みんな考えていること同じね。Wikiなどを読んで、ふ~ん、と思うが、実際どうなんだろう。

その後所用で京都駅近くのスタバにいると、インド人らしき若者3人組がいたので話しかけてみる。チェンナイから来たということで、早速ヴィジャヤ氏について、政治と宗教について、朝っぱらからスタバで座談会を始める。前政権はどうだったか、タミルの有権者の政治と宗教に関する意識について、などなど、彼らからいろんな話が聞けて、楽しかった。

ちなみに私は旅先でもどこでも見知らぬ外国人に良く話しかけるし、話しかけられる。そして結構長々と話し込む。
宗教と政治は、世間話として避けるべきトピック、と言う人もいるが、私は外国人と話すとき、ほぼ宗教と政治の話しかしてないね。それ以外に何があるの?ってくらいに。

それ以外といえば、私は知らない人からいきなり、身内の愚痴とか悪口とか自慢話とか自分の黒歴史とか、長々とよく聞かされる。初めて会った人によくこんなこと話すよね、ってくらい、昔から私と出会う人々はいろいろ赤裸々に話してくれる。

知らない人からぶっちゃけ話を聞かされるのは、私はぜんぜん嫌ではないし、むしろとても尊くて大事なことだと思っています。自分ひとりの人生で経験できることって限られているからね。私はいろんな人の人生について、その人の感情とか、そしてどうしたのかとか、純粋に興味があるし、簡単に共感したり心を開いてもらえるほうなんだと思う。

この勉強に出会ってからは、インド人に話しかけるときには、私がインドの伝統の教えの恩恵を受けていて、全てのインド人に感謝したいということを伝えるようにしています。それが彼らの中に、自分の文化の尊敬の再帰に繋がることを願っているからです。

今回話しかけた若い子たちは、一見インド人とは分からない風貌で、もし彼らが皆右手首に赤や黒の紐を巻き付けていなければ話しかけていませんでした。でも、話してみるととても礼儀正しい人達で、話しかけて良かったなと思いました。

2020年2月1日土曜日

「自分を信じる」とは?

大澤昇平氏の『人が不幸になる原因のすべては自分以外の誰かを信じることで思考を奪われるからですよ。例外はないです。』というツイートに、
私は「自分でも他人でもなくただ神だけを信じろ」という宗教をずっと研究しており、18億人ほどいるその信者たちはそれを全く不幸だとは思っていないことを知っているので、「例外はない」と言われても「あなたの世界ではそうかもしれないですね」としか言えない。』と返す飯山陽氏。
https://twitter.com/IiyamaAkari/status/1222048565934972928?s=20

 http
彼らの考えるところの「自分を信じる」の定義が何なのか、
私には知る由もありませんが、
自分という存在を、ちっぽけでどうしようもないものとしてしか認識できず、
自分の考えであれ、他人の考えであれ、
人間関係や金品や体験や神など、
自分以外のものに依存して幸せになれることを信じているのなら、
自分という存在を、ちっぽけでどうしようもないものとしてしか認識していることに変わりはないのだから、
そのような人達を本当の意味で「幸せ」と呼べることは出来ません。

ということを聴いて、反応や常套句を抑えながら、
自分の頭できちんと考えられる人が増えて欲しいです。。


s://twitter.com/IiyamaAkari/status/1222048565934972928?s=20
https://twitter.com/IiyamaAkari/status/1222048565934972928?s=20https://twitter.com/IiyamaAkari/status/1222048565934972928?s=20
https://twitter.com/IiyamaAkari/status/1222048565934972928?s=20
https://twitter.com/IiyamaAkari/status/1222048565934972928?s=20

2019年4月1日月曜日

哲学とは? 科学(自然・人文・社会)の範囲、宗教の範囲、哲学の範囲

全ての本質、という普遍的な真実を求めるのが、哲学。

「全ての本質」から派生して、
世界の本質、自分の本質、幸せの意味、
生まれてきた意味、さらに、全てを起源である神、というように、
哲学で扱われるトピックは展開される。


全ての本質を探究する手段によって、
科学、宗教、(いわゆる)哲学、等に分かれる。

科学は、知覚とそれに基づいた論理を、探求手段とする
ゆえに、知覚できるものごと、つまり物理的なものを探求の範囲とする。
知覚(知覚を拡張する装置を通した知覚を含む)を通して得られたデータを元にして、
論理に沿って理論を発見し、それは目に見える形で実証可能であるべき。
科学の中でも、
人間の営みが関わっていないもの(神の領域とでも言いましょうか) を対象とするのが自然科学と呼ばれます。
人間固有の営みを対象とするのが人文科学、その中でも人間社会を対象とするのが社会科学

宗教は、創始者の教えや経典などを探求の手段とする。
ゆえに、知覚できないものごとも、探求の範囲に含められる。

例えば、創始者や経典などを通して、天国・地獄などの死後の世界、そこで待っている天使とか悪魔などの存在を知ることが出来るが、それらは知覚の範囲でないゆえに、実証は不可能。ゆえに、それらの存在の有無は、信じるしかない。
また宗教は、天国や地獄に行くための人間の営みがどうあるべきかにも言及する。

注意点:
知覚によるデータから論理的に導かれた結論ではないゆえに、実証不可能だけれども、
論理や倫理から逸脱していないかは検証されるべきである。信仰の名のもとにそれを怠っていると不健康な状態を招く。
聖典というものは、人類全て、しいては生き物全ての幸福の追求に寄与してはじめて聖典と呼ばれるべきで、そうでなければ聖典としてのステータスを疑うべきである。
多種多様な宗教が興隆する中で、人類全てがこの点において共通認識を持たなければ、より暴力的な宗教がより人類を支配する結果になります。

哲学者のするいわゆる哲学は、憶測(知覚的なデータに基づいていないけど、論理的に逸脱していない、こうじゃないかな?という考え)を探求手段としている。

物理的でないもの(メタフィジカル)まで含めたものを探求の範囲とすることができる。

ちなみにヴェーダーンタは、探求の手段(プラマーナ、知る手段)をウパニシャッドの文献とし、扱われる対象はメタフィジカルなものとなりますが、それは実証不可能な信仰の対象ではなく、自分自身という、実証も必要ない疑いようのない存在(我考える故に我あり、の本当の意味)であり、それが、論理的に否定しようのない全ての本質と同一であるという、理解するしかない対象です。


科学者であれ、宗教家であれ、しいてはそこなへんの誰だって、
本質的なもの、本当なもの、これが絶対、というもの、
つまり、安心、幸せを求めているのだから、
全ては哲学的な問いに集約されて当然。

哲学的な問いかけのアプローチ(手段)の違いが、
さまざまな学問の違いを生んでいるだけで、
探しているものはみな同じ、ということに気付いてほしい。

また、それぞれのアプローチは、扱っている範囲がそれぞれに違う、
ということも、きちんと認識されるべき。

最近日本でいろんな本を読んでいますが、これらの基本的なことが、
ここ千年くらいの哲学者・科学者・宗教者、あらゆる学者によって、
忘れられているように見受けられます。

ヴェーダーンタを勉強していると、
こういう根本的なことがすっきり分かるようになります。

कस्मिन्नु विज्ञाते सर्वमिदं विज्ञातं भवतीति ।
それをひとつ知ったら、全てを知ったことになる、
それは何ですか?と訊きました。
ムンダカ・ウパニシャッドより筆者訳

2018年7月16日月曜日

なぜ、聡明な人でも論理的思考ストップ型宗教を受け入れてしまうのか?

どんなに聡明な人でも、ひとたび宗教のこととなると、
理性のタガが外れてしまう。なぜか?
これは幼い頃からの私の疑問でもありました。

歴史上ずっと続いてきた凡人の思考:
理性や知性、論理的思考は、
ずる賢い人間社会で生き延びて成功するため「だけ」のツールであり、
理性を使って得られる既存の成功に限界を感じた人が逃げる場所は、
感性や信仰。
この世で無理なら、あの世でひと花咲かせよう。
この世界では生き辛い経験しか出来ないから、
神秘体験・至福体験を求めよう。
理性的な社会活動でうまくいかなかったから、
達成に値する成功が見つけられなかったから、
知性を使うのをやめてしまい、
感性や信仰など、思考ストップに突っ走ってしまうのです。

解決は、知性を放棄することではなく、
今までの知性の使い方が、間違っていたことに気付き、
正しく知性を使うことなのではないか?

それを教えてくれる文化にも宗教にも恵まれなかった大多数の人が、
自ら混乱している救世主や説教者に導かれ、知性を放棄してしまうのです。


2017年5月16日火曜日

世界平和について プージヤ・スワミジのパブリック・トークより


世界平和を実現したいのなら、
まず最初に各宗教のリーダー達自身が平和であるべきです。
彼ら自身が自分の中でリラックスしているべきです。

リラックス出来るようになるには、
自分達が毎日崇めているのは一体何なのか、
きちんと問いかけ、見直してみるべきです。

皆、「どのようにして崇めるべきか」ばかりを見ているのです。
(改宗により)人々の名前を変えたい、
神の崇めかたを変えたい、そのようなことしかしていません。
(だから争いが絶えない)

-------

「自分達が崇めているのは一体何なのか」
について、きちんと理性的・理論的に考えて問いかけることが
推奨されている伝統に出会えて良かった、
とつくづく思います。

「神様って何なの?」
「神様は全知全能って、それどういうこと?」
はまだしも、
「無形の神様が、天国にいたり、男性だったりするのって矛盾してない?」
なんて問いかけたら、普通は首はねられますよね。

「考えちゃダメ」
「明確には出来ないものですから考えてもムダですよ」
「考えるの止めましょう」
なんて言う団体とは付き合ってられない性格で良かった。。

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