2026年5月30・31と6月6・7の土日は、
バリでのクラスのため、オンラインクラスはお休みします。
うっかりしてたり、久しぶりだったりして、お休みの日にZOOMに入ってしまう方はいつでもいらっしゃるので、もしお時間があれば、クラスの時間にログインして、間違って入った人に教えてあげたり、そのままサットサンガをしていただいても結構です。
その他復習をしてみたりと、有意義な時間をお過ごしください。
サンスクリット教諭・ヴェーダーンタ講師として、インドの山奥にあるアシュラムでの生活のあれこれを綴ります。
2026年5月30・31と6月6・7の土日は、
バリでのクラスのため、オンラインクラスはお休みします。
うっかりしてたり、久しぶりだったりして、お休みの日にZOOMに入ってしまう方はいつでもいらっしゃるので、もしお時間があれば、クラスの時間にログインして、間違って入った人に教えてあげたり、そのままサットサンガをしていただいても結構です。
その他復習をしてみたりと、有意義な時間をお過ごしください。
ボリウッド・スターのヴィジャヤ氏が、タミル・ナードゥの州知事に当選したそうです。
今朝、チェンナイに長年住んでいた方から、彼が早速州下の寺院や学校周辺には不適切な呑み屋を取り締まるというニュースをお知らせいただきました。
https://www.msn.com/en-in/money/topstories/big-move-by-vijay-govt-700-liquor-shops-near-temples-schools-to-be-closed/ar-AA22Y3I0
(有名な仏教の尼さんがウイスキーの宣伝に出ても違和感を覚えない日本人感覚では理解は難しいかもしれませんが、インドの良識から考えたら、このような取り締まりは良識的であり、それを「ひんずー至上主義~」と無理解から言われたくないです。)
そのニュースのヘッドラインには、ヴィジャヤ氏のファーストネームが Joseph とある。彼自身、そして人々は、彼のアイデンティティーをどう捉えているのだろうか?
ちなみに、ヴィジャヤ(विजय [vijaya])とは、勝利という意味の完全なサンスクリット語で、ヴィシュヌの名前であり、インド人のよくある名前です。
ググってみると、私の疑問を表す検索語候補が直ぐに出てくる。みんな考えていること同じね。Wikiなどを読んで、ふ~ん、と思うが、実際どうなんだろう。
その後所用で京都駅近くのスタバにいると、インド人らしき若者3人組がいたので話しかけてみる。チェンナイから来たということで、早速ヴィジャヤ氏について、政治と宗教について、朝っぱらからスタバで座談会を始める。前政権はどうだったか、タミルの有権者の政治と宗教に関する意識について、などなど、彼らからいろんな話が聞けて、楽しかった。
ちなみに私は旅先でもどこでも見知らぬ外国人に良く話しかけるし、話しかけられる。そして結構長々と話し込む。
宗教と政治は、世間話として避けるべきトピック、と言う人もいるが、私は外国人と話すとき、ほぼ宗教と政治の話しかしてないね。それ以外に何があるの?ってくらいに。
それ以外といえば、私は知らない人からいきなり、身内の愚痴とか悪口とか自慢話とか自分の黒歴史とか、長々とよく聞かされる。初めて会った人によくこんなこと話すよね、ってくらい、昔から私と出会う人々はいろいろ赤裸々に話してくれる。
知らない人からぶっちゃけ話を聞かされるのは、私はぜんぜん嫌ではないし、むしろとても尊くて大事なことだと思っています。自分ひとりの人生で経験できることって限られているからね。私はいろんな人の人生について、その人の感情とか、そしてどうしたのかとか、純粋に興味があるし、簡単に共感したり心を開いてもらえるほうなんだと思う。
この勉強に出会ってからは、インド人に話しかけるときには、私がインドの伝統の教えの恩恵を受けていて、全てのインド人に感謝したいということを伝えるようにしています。それが彼らの中に、自分の文化の尊敬の再帰に繋がることを願っているからです。
今回話しかけた若い子たちは、一見インド人とは分からない風貌で、もし彼らが皆右手首に赤や黒の紐を巻き付けていなければ話しかけていませんでした。でも、話してみるととても礼儀正しい人達で、話しかけて良かったなと思いました。
変わりゆく対象物を変わらずに観ているのは目。
最終クラスは4月8日(水)13時 ~ です。
(木曜日のクラスはありません。)
ॐ
दयानन्दपञ्चकम् [dayānandapañcakam] とは、私の師であるスワミ・ダヤーナンダ・サラスヴァティを讃える、5つのシュローカ(サンスクリット語の句)と1つの結果を表すシュローカから成るストーットラ(祈りの句の集まり)です。
私の知るところでは、スワミジのお弟子さんの中でも最も学識が高く長く教えていらっしゃる先生のうちの主な一人である、チェンナイで教えていらっしゃるパラマールターナンダ・スワミジが書かれたものだそうです。
このストーットラはリシケーシュのアシュラム、アナイカッティのグルクラム、マンジャクディでも毎日チャンティングされていますが、チャンティングするときは、その意味をきちんと知って、毎回その意味を想えるようにしたいものです。
このストーットラの言葉ひとつひとつの意味は、スワミジのあり方をよく表しているだけでなく、スワミジをよく知るパラマールターナンダ・スワミジの言葉の選び方、そして私達スワミジの弟子の全ての気持ちをよく表していると思います。
このストーットラの言葉の意味をひとつひとつ、しっかり見て行くために、サンスクリット語文法の知識もフル活用しながら、意味の解析・解説をしていきたいと思います。
クラスは不定期で、こちらでアナウンスしながら進めて行きます。
録画は全てYouTubeで公開しております。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLLxBjTc9MJ_iNoDzXJ2chAROd0hxqmHEv
テキストは दीपाराधन [dīpārādhana] にあります。
![]() |
| マンジャクディの祭壇 |
来る3月8日(日)午後のクラス(Talks & Essays と デーヴァナーガリーのクラス)は、東京のインド・インターナショナル・スクールでの日印文化交流会で話すことになったので休講します。
突然頼まれたお話なので、突然の予定変更のお知らせとなってしまいました。
ご理解の程、よろしくお願いします。
日印交流とありますが、どちらかというと、インド人交流なのかもしれません。
インド人オーディエンスが多いとのことなので、インド人に、この知識がどれだけ尊いのかを伝えることができればと思います。
5月5月4~6日、東京墨田区八広でのの三日連続クラスの
予約申し込み受け付けが始まりました。
これから皆さんに配布する資料を用意しようと思っています。
こうやって書いている間にも自分でパパっと作れるのですが、
資料作成は本当に本当に良い勉強になるので、
できたら勉強する人にお願いするのが良いと思い、今これを書いています。
まず、使用するテキスト「दृग्दृश्यविवेकः [dṛgdṛśyavivekaḥ]」は
46のシュローカから成りますが、恩師であるプージヤ・スワミジが教えて下さったように、二部に分けて、第一部にある31のシュローカを、今回の3日間の勉強会で勉強しようと思っています。
① 全ての人のために: 31のシュローカを देवनागरी とローマ字で表した資料。
> देवनागरी だけをWordで渡すので、ローマ字に変換したものを添付して体裁を整える。
② देवनागरी が読める人のために: पदच्छेद と अन्वय の資料。
> पदच्छेद と अन्वय をWordを渡すので、体裁を整えるのみ。
是非セーヴァーをしてみたいという方、お声がけください。
パソコンでデーヴァナーガリーの文書作成ができる環境を作っておいてください。
私がWindowsを使っているので、それに合わせてくれる人がいいです。
-- ** --
長年ヴェーダーンタのクラスの資料作成をしていますが、こんなことができるのは本当に特権だと思っています。字が読み書きできること、文法が分かること、コンピューターが使えること、どれも当たり前のことだとは私は思いません。私の教育に関わってきた全ての人、直接的・間接的に文化を守ってくれている無数の人々、デーヴァやリシ(賢者)達先生方の恩恵、全てのサポートがあってのことです。
リシや伝統の先生方に失礼の無いように、タイポが無いかきちんとチェックして、使う人の使いやすさを考えて、印刷する紙の質まで気を遣って、、とすることが、勉強の理解にどれだけ貢献することか、是非皆さんにも実践してもらいたいです。そうしなければ、せっかく与えられた能力と時間が勿体ないとさえ思っています。
-- ** --
最近出版されたのですが、私達アナイカッティ3年コース4期生が2011年にプージヤ・スワミジから33回にわたって教えていただいたクラスを元に、コースに参加されていたシャンカラーナンダ・スワミジが編集された दृग्दृश्यविवेकः [dṛgdṛśyavivekaḥ] の本があります。
ヴェーダーンタを正しく勉強している人にとっては当たり前のことですが、ヴェーダーンタは本を読んで勉強できるものではありません。
しかし、ウパニシャッドが意図する意味を正しく理解しそれを正しく教えられる先生(それを私達は「伝統を知る先生」と呼んでいます)から正しく学べば、このような本は見返すための資料となります。しかし、英語とサンスクリット語のみなので、どちらの言語にも流暢でなければ、自分個人の想像の範疇となってしまいます。
この本にもあるように、46あるシュローカのうち、最初の31のシュローカでひとつの区切り(प्रकरण [prakaraṇa])となり、その中に教えられるべき全てのことが教えられています。よって、今回の3日間のクラスではこの31シュローカから成る第一部を教えようと思います。
2026年2月吉日、マンジャクッディでの勉強会が無事コンプリートしました。
あっという間の2週間の滞在のご報告をしますね。
今回はカタ・ウパニシャッドのバーシヤを集中的に勉強するキャンプでした。
一日4クラス+サットサンガを12日間というスケジュールの中で、
119あるマントラとそれらに書かれたシャンカラーチャーリヤの解説をサンスクリット語原典から一言一句日本語(と英語)で解説したので、かなり濃厚な時間が一気に過ぎた感じです。
プラスターナ・トラヤのバーシヤを、今はこのように駆け足で見て行っていますが、一巡したら、今度はゆっくりじっくり、若い人が来るなら教えの伝統を継ぐ人の育成も兼ねて、勉強していけたらと思います。
【速報】 来年2027年も同じ日付で勉強会をします。
![]() |
知識の伝承が続くように、という意味が込められた「jnaana-pravaaha」という名前のホールにて、毎日ガッツリ勉強するクラスが行われました。
|
![]() |
| マンジャクッディとは、この道一本のみの小さな村のことです。この道の長さ約170m。この通りの突き当りにヴィシュヌ・テンプルがあります。 |
過密なクラスの合間にも、数々の祈りの場に立ち会うことができ、
さらに、スワミジの立ちあげた様々な教育的機関やゆかりの地を訪れることができました。
ホーマは日本では「護摩焚き」と訛って呼ばれていますね。ぜひ本場の本物の火の儀式を見にインドに来てみて下さい。
また、スワミジのナクッシャットラの日には、メディテーションの横の家屋内で、数多くのホーマとケーララ式のバガヴァティー・プージャーが執り行われました。こんなに盛大なプージャーにもなかなか立ち会えるものではありません。何と贅沢な。
スワミジの生家も訪れ、毎朝執り行われるプージャーにも立ち会えました。
また、ヴェーダ・パータ―シャーラーや女子寮の訪問、オーガニック農場への訪問、学校のホールでの子供達のクリシュナ劇への訪問、、、2週間でこれだけ全部起きたの?と思うくらいに、とても盛沢山でした。
![]() |
| マンジャクッディを訪れていたシーラジが日本人生徒のためにケーキをオーダーしてくれました。嬉しいですね。 |
モーリシャスのアシュラムの送金に必要な情報です。
今回屋根の防水工事をするということで、
今年8月に訪問予定の方は、まだ半年先ですが、ドネーションを早めてくれるとありがたいとのことです。その際、通信欄に「Student of Medha」と、分かるように入れて下さい。
直ぐに訪問予定の無い方も、ご寄付に参加していただければと思います。
以前、以下の情報で送金できたので、シェアしますね。
SWIFT Code: STCBMUMU
IBAN: MU20STCB1180020100001988000MUR
Bank name: SBM (State Bank of Mauritius)
Account holder: ARSHA VIDYA ASHRAM
Address:
ARSHA VIDYA ASHRAM
ARSHA VIDYA ASHRAM COASTAL ROAD
PALMAR
TROU DEAU DOUCE, TROU DEAU DOUCE
Mauritus
Phone Number: +230 5755 6095
目的はドネーション、相手はメンターとしました。
जय श्रीराम !
ラーマーヤナ原典の資料をUPしました。
日本語の「古典」という言葉には「古い」という字がありますが、その意味するところの「classic」という言葉は「古くて時代遅れ」ではなく「時代を超えて変わらない価値のあるもの」という意味で使われます。
ヴァールミーキ・ラーマーヤナという古典文学のサンスクリット語をひとつひとつ見て行くクラスをしていますが、登場人物の微妙な心理的揺れの描写は、人の心の仕組みは今も昔も同じで普遍的なものなのだなと面白く感じます。
さらに、このような古典文学に親しみながら、複雑な話の中で「この状況でこの立場の人が取るべき行動は、どうあるべきなのか?」という『ダルマ(普遍的価値観、とここでは訳しましょうか。もしくは「与えられた立場で自分のすべきこと」「duty」)』について、子どもの頃から大人になっても、常に考えさせるのも、インドの大事な伝統文化だと思います。
劇場化されている報道を見せられて、年に数回選挙に行くだけで政治参加している気になるよりも、古典の話を皆で共有しながら、皆が自分の頭で「この状況でこの立場の人が取るべき行動って何なのだろう」と『ダルマ』について考える機会をつくることのほうが、より人間らしい社会を創ることができるのに、と常々思います。
ちなみに、台湾だか上海だかで見かけた「午後の紅茶」のラベルには「経典」と書いてあり、はてな?と思ったのですが、それは「classic」なテーストを意味する中国語だったのだと思います。
「時代を超えて変わらない普遍的な価値・真実」を教えるのが「経典」なのだと納得したものです。
![]() |
| 写真は自分のGoogleフォトから検索して探し出したものです。「午後の紅茶」というテキストの検索だけで、ちゃんと見つけてくるのだから、偉い! |