ボリウッド・スターのヴィジャヤ氏が、タミル・ナードゥの州知事に当選したそうです。
今朝、チェンナイに長年住んでいた方から、彼が早速州下の寺院や学校周辺には不適切な呑み屋を取り締まるというニュースをお知らせいただきました。
https://www.msn.com/en-in/money/topstories/big-move-by-vijay-govt-700-liquor-shops-near-temples-schools-to-be-closed/ar-AA22Y3I0
(有名な仏教の尼さんがウイスキーの宣伝に出ても違和感を覚えない日本人感覚では理解は難しいかもしれませんが、インドの良識から考えたら、このような取り締まりは良識的であり、それを「ひんずー至上主義~」と無理解から言われたくないです。)
そのニュースのヘッドラインには、ヴィジャヤ氏のファーストネームが Joseph とある。彼自身、そして人々は、彼のアイデンティティーをどう捉えているのだろうか?
ちなみに、ヴィジャヤ(विजय [vijaya])とは、勝利という意味の完全なサンスクリット語で、ヴィシュヌの名前であり、インド人のよくある名前です。
ググってみると、私の疑問を表す検索語候補が直ぐに出てくる。みんな考えていること同じね。Wikiなどを読んで、ふ~ん、と思うが、実際どうなんだろう。
その後所用で京都駅近くのスタバにいると、インド人らしき若者3人組がいたので話しかけてみる。チェンナイから来たということで、早速ヴィジャヤ氏について、政治と宗教について、朝っぱらからスタバで座談会を始める。前政権はどうだったか、タミルの有権者の政治と宗教に関する意識について、などなど、彼らからいろんな話が聞けて、楽しかった。
ちなみに私は旅先でもどこでも見知らぬ外国人に良く話しかけるし、話しかけられる。そして結構長々と話し込む。
宗教と政治は、世間話として避けるべきトピック、と言う人もいるが、私は外国人と話すとき、ほぼ宗教と政治の話しかしてないね。それ以外に何があるの?ってくらいに。
それ以外といえば、私は知らない人からいきなり、身内の愚痴とか悪口とか自慢話とか自分の黒歴史とか、長々とよく聞かされる。初めて会った人によくこんなこと話すよね、ってくらい、昔から私と出会う人々はいろいろ赤裸々に話してくれる。
知らない人からぶっちゃけ話を聞かされるのは、私はぜんぜん嫌ではないし、むしろとても尊くて大事なことだと思っています。自分ひとりの人生で経験できることって限られているからね。私はいろんな人の人生について、その人の感情とか、そしてどうしたのかとか、純粋に興味があるし、簡単に共感したり心を開いてもらえるほうなんだと思う。
この勉強に出会ってからは、インド人に話しかけるときには、私がインドの伝統の教えの恩恵を受けていて、全てのインド人に感謝したいということを伝えるようにしています。それが彼らの中に、自分の文化の尊敬の再帰に繋がることを願っているからです。
今回話しかけた若い子たちは、一見インド人とは分からない風貌で、もし彼らが皆右手首に赤や黒の紐を巻き付けていなければ話しかけていませんでした。でも、話してみるととても礼儀正しい人達で、話しかけて良かったなと思いました。