11月の東京でのクラスは既に満席となってしまいましたが、前日の11月22日(水)に、曳舟(都営浅草線のスカイツリー押上駅の次の駅)の駅近くにて、サットサンガのようなチャンティングのクラスをすることにしました。
詳細はこちらのリンクをご覧ください。
ギーターの一節(第18章からを考えています)について、意味を深くみていきながら、一つのシュローカ(節)をしっかり憶えられるようにチャンティングできたらと思います。
ギーターの第18章は、最終章ということもあり、ヴェーダの教えの総まとめとなっていて、人間として生まれて来て、得るべきゴールとその手法が手短に教えられています。
「得る『べき』ゴールなんて、押し付けられたくない!」というのが普通の人の感覚だと存じますが、じゃあ、自分達で暗中模索した結果、どうなんでしょうかね?
ギーターは「人生のゴールはこうあるべきだ」と押し付けているのでは全くありません。「あなたが本当に欲しいものは、何なのか?きちんと客観的・論理的に考えられるようになれば、おのずと明らかになりますよ。」と言って、きちんと考えられるようにする為の手法を教えてくれているのです。
生きていると「対応するのが困難な状況」というものがありますが、それが「不幸」の原因である必要はありません。人間が不幸になるには、それなりの思考が必要です。(熟睡しているときは不幸は感じられない。)混乱してこんがらがった思考が必要なのです。熟睡や瞑想や酩酊により混乱した思考を一時停止したところで、一時的な措置に過ぎません。
ヴェーダは、考えを整理整頓するのを助ける生き方を教えています。自分の思考が整い、世界と自分をあるがままに見れたら、「悲しむ理由など何もない」という事実が次第に明らかに見えてきます。
ギーターの教えは最初(第2章第11節)から最後(第18章第66節)まで、徹頭徹尾「本質を知れば、悲しむ理由など何もないと分かる」ということを教えています。
老若男女問わず、職業もジェンダーも宗教も人種も問わず、「本当のことをきちんと知りたい」と願う人に起こしいただければと思います。
お菓子もたくさん用意しますね。
皆さんとお会いできるのを楽しみにしております。