インドの原発推進についての記事について、
やりとりしたメッセージの中で、私が書いたものだけを抜粋して載せておきますね。
先に言っておきますが、センシティブな内容です。
世界にもっと知って欲しい!と思いながらも、特に日本の方はナイーブなので、
いつも書くのを躊躇ってしまうような内容です。
先入観・ジャッジメントを辞めて、オープンな考えで読まなければ、
受け入れがたいかも知れませんね。
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よりによって、原発事故をして終息のつけられない国からなんて。。。
原発は大義名分で、エスカレートし続けるパキスタンからの暴力による脅威への対策と噂されていますが。
インドは核を持つことを禁止されているそうです。(注:NPT(核拡散防止条約)5か国ではない)
ちなみに現在は、毎日のように、印パ国境で亡くなったインド軍の方々の写真がFBに流されている状況です。。。
日本も、戦争が出来る国になるということはどういうことか、自覚を持ってほしいと思います。
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インド国内や国境での、ムスリムによるヒンドゥーの殺人や強迫による改宗は日常的にあると、沢山のインド人から、地元の実際の例をたくさん聞かされます。
しかし、それらが大手メディアにのることは絶対にないと言います。
ヒンドゥー潰しに力を入れる西側の圧力によってメディアが制覇されているからです。
例えメディアに載っても、ムスリムかどうかは言及されません。
「ムスリムがヒンドゥーに対してどれだけ暴力をふるってもニュースにならないけど、ヒンドゥーが千やられて一やりかえすと、『ヒンドゥーが他宗教を差別している』と大々的に報道される」というのは、インドでは一般常識です。
しかし、それを知っている日本人は、報道関係者でもいませんね。
インドのニュースを書く日本人は、一次情報が全くない、クーラーの効いた部屋で、ロイターなどの西向きの報道を読んで、そのまま「ヒンドゥーのカースト悪」をベースにした記事を日本語で書いているだけです。
インドに住んでいても、インド人から信用されて、彼らが抱える悩みを打ち明けられても先入観無しに聴ける日本人や外国人は、あまりいないせいか、こういう面は、世界から知られないままで、悲しいです。インド人には、こういうこを世界に向けて発信するように、外国人ジャーナリストには、こういう面にも目をむけて世界に紹介するように、機会があればEncourageしますが、なかなか難しいですね!
何がそんなに難しいのか分かりませんが。
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メディアコントロールは全世界規模です。なにせ、世界の富の大部分を握っているほんの一部の人々に牛耳られているのですから。
平和な国日本では最近になってやっと気づき始めたという感じですが、日本の外ではメディアが統制されていることについては、皆分かっちゃいるけど、やっぱり大多数に向けてセンセーショナルな言葉を繰り返し聞かされたら、マインドってコンディションされてしまうのですね。。
インターネットの時代に、と思いますが。
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祈りはどの宗教でも全てはひとつのバガヴァーンに向けられますが、それぞれの宗教の「教義」となると、話が違ってくる、ということも、プージャスワミジはセットでしっかり教えられます。
人権を尊重せず、暴力を教義とする宗教は、その教義の捉え方を世界的な公の場で審判されなければならない、とおっしゃっていました。
現在は、宗教を掲げた暴力を、暴力で制裁して、泥沼化していますが、暴力を推奨している教義を、言論的に制裁する必要がある、ということも世に大きく知られて欲しいです。
ムスリムの人々の人権は守られるべきですが、彼らの聖典を、平和的に解釈する人々がいるなかで、同じ聖典を暴力的に解釈する人々がいれば、平和的に解釈する人々と第三者が、暴力的解釈をする人々に言論的制裁を与えなければならないはずです。
しかし、そう言われながらも実際は、平和的解釈をしているムスリムは、暴力的解釈をしているムスリムを静かに擁護しているというのが現状です。
これもインドでは常識ですが、世界には知れていませんね。
やりとりしたメッセージの中で、私が書いたものだけを抜粋して載せておきますね。
先に言っておきますが、センシティブな内容です。
世界にもっと知って欲しい!と思いながらも、特に日本の方はナイーブなので、
いつも書くのを躊躇ってしまうような内容です。
先入観・ジャッジメントを辞めて、オープンな考えで読まなければ、
受け入れがたいかも知れませんね。
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よりによって、原発事故をして終息のつけられない国からなんて。。。
原発は大義名分で、エスカレートし続けるパキスタンからの暴力による脅威への対策と噂されていますが。
インドは核を持つことを禁止されているそうです。(注:NPT(核拡散防止条約)5か国ではない)
ちなみに現在は、毎日のように、印パ国境で亡くなったインド軍の方々の写真がFBに流されている状況です。。。
日本も、戦争が出来る国になるということはどういうことか、自覚を持ってほしいと思います。
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インド国内や国境での、ムスリムによるヒンドゥーの殺人や強迫による改宗は日常的にあると、沢山のインド人から、地元の実際の例をたくさん聞かされます。
しかし、それらが大手メディアにのることは絶対にないと言います。
ヒンドゥー潰しに力を入れる西側の圧力によってメディアが制覇されているからです。
例えメディアに載っても、ムスリムかどうかは言及されません。
「ムスリムがヒンドゥーに対してどれだけ暴力をふるってもニュースにならないけど、ヒンドゥーが千やられて一やりかえすと、『ヒンドゥーが他宗教を差別している』と大々的に報道される」というのは、インドでは一般常識です。
しかし、それを知っている日本人は、報道関係者でもいませんね。
インドのニュースを書く日本人は、一次情報が全くない、クーラーの効いた部屋で、ロイターなどの西向きの報道を読んで、そのまま「ヒンドゥーのカースト悪」をベースにした記事を日本語で書いているだけです。
インドに住んでいても、インド人から信用されて、彼らが抱える悩みを打ち明けられても先入観無しに聴ける日本人や外国人は、あまりいないせいか、こういう面は、世界から知られないままで、悲しいです。インド人には、こういうこを世界に向けて発信するように、外国人ジャーナリストには、こういう面にも目をむけて世界に紹介するように、機会があればEncourageしますが、なかなか難しいですね!
何がそんなに難しいのか分かりませんが。
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メディアコントロールは全世界規模です。なにせ、世界の富の大部分を握っているほんの一部の人々に牛耳られているのですから。
平和な国日本では最近になってやっと気づき始めたという感じですが、日本の外ではメディアが統制されていることについては、皆分かっちゃいるけど、やっぱり大多数に向けてセンセーショナルな言葉を繰り返し聞かされたら、マインドってコンディションされてしまうのですね。。
インターネットの時代に、と思いますが。
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祈りはどの宗教でも全てはひとつのバガヴァーンに向けられますが、それぞれの宗教の「教義」となると、話が違ってくる、ということも、プージャスワミジはセットでしっかり教えられます。
人権を尊重せず、暴力を教義とする宗教は、その教義の捉え方を世界的な公の場で審判されなければならない、とおっしゃっていました。
現在は、宗教を掲げた暴力を、暴力で制裁して、泥沼化していますが、暴力を推奨している教義を、言論的に制裁する必要がある、ということも世に大きく知られて欲しいです。
ムスリムの人々の人権は守られるべきですが、彼らの聖典を、平和的に解釈する人々がいるなかで、同じ聖典を暴力的に解釈する人々がいれば、平和的に解釈する人々と第三者が、暴力的解釈をする人々に言論的制裁を与えなければならないはずです。
しかし、そう言われながらも実際は、平和的解釈をしているムスリムは、暴力的解釈をしているムスリムを静かに擁護しているというのが現状です。
これもインドでは常識ですが、世界には知れていませんね。